サウス・ブロウ
10th
おかげさまで10周年

特別企画

サウス・ブロウ10年の歴史


サウス・ブロウは前身のGOGOブラザーズから数えて今年で結成10周年を迎えました。
そこで特別企画として10年間の歩みを追っていきたいと思います。

また、サウス・ブロウバンドヒストリーと一緒に見ていただければ楽しみ方も倍増するハズ(?)です。
掲載期間 2007年6月2日〜2008年3月31日
  

   

サウス・ブロウ歴代メンバー遍歴


歴代メンバー10周年記念コメント
奇跡
1997年 2001年 2002年 2003年 2004年
2005年 2006年 2007年

1997年

GO!GO!!ブラザーズ結成!

今から10年前の1997年5月。
弟やまは3月に高校卒業し社会人1年生として奮闘していた。
兄マサユキは前から組んでいたバンド「VGK(当時)」東京進出のため準備していた。
そんな兄弟二人の共通点は音楽だった。
すでに前の年、弟やまの学校祭ライブで共演している二人。
そんなこともあってか、ひょんなことから兄弟でバンドをやろう!ということになった。
それが「GO!GO!!ブラザーズ」の誕生である。

二人の会話から出来たバンド構想だったのでいつ結成されたか
詳しいことは分からない。ただ1997年5月というのは確かである(たぶん・・・)
えっ!バンドヒストリーでは6月結成!?まー、細かいことは気にせずに・・・・・
いつものように二人楽器部屋でセッションしていた(のも定かではない・・・)

当時GOGOブラザーズの特徴としては、持ち歌もなく全てコピーだったが、
異常なほど選曲に時間が掛かった。
その為準備期間のうち約5割が選曲、約4割が打ち込み、残りが練習といった感じ。
(バンドヒストリーに「バンド練習」と書いてあるが殆ど打ち込みに費やされた)

〜初ライブ!ゆかたでポンビアパーティー〜

そんなGOGOブラザーズに初ライブが決まった!
8月に角館で行われる「ゆかたでポン ビアパーティ」だ。
さっそく準備に取り組んだ。メンバーの編成上全曲打ち込みに頼るしかなく、
当時弟やまは打ち込みはそこそこだが、ソロやピアノは弾けなかった為
助っ人として打ち込み、ピアノ担当は兄マサユキの後輩であるイサムさん(現マリア)
が担当することになった。これが第1期メンバーにあたる。

さてライブ当日、この日は絶好のライブ日和で快晴だった。
記念すべきGO!GO!!ブラザーズ初ライブである!
やはり弟やまは演奏とちりまくりだ!(笑)何弾いているのかわからん状態。
兄マサユキの喉もつらそうだ。唯一イサムさんは黙々と弾いていた。
しかし、お客さん達の酒が手伝ってか大盛り上がり!アンコール(アルコールじゃないよ)もでて
ラストは兄マサユキの弾き語りによる尾崎豊の「15の夜」で締めくくった。
ハプニングもあったが記念すべき初ライブは成功に終わりましたとさ。めでたしめでたし・・・

若かれし頃(失礼!)の兄マサユキ

結成当時の練習風景。奥にいる二人はイサムさんと弟やま。
当時は練習というより打ち込み作業がほとんど。

初ライブゆかたでポンビアパーティの一コマ。



〜なめすぎたプロの現場!アマチュア音楽祭〜

8月のビアパーティが終わり、早速次のライブが決まった。
10月10日県立農業科学館広場特設ステージにて「アマチュア音楽祭」があり
我がバンドも出場することにした。
このイベントは元オフコースのドラマーの大間ジロー氏がゲストで
いろいろと賞がもらえるというコンテスト?みたいなライブだ。
メンバーは前回の3人に加わり、助っ人ギターで兄マサユキの先輩であるタケさんが加わる。
当日は快晴。実に天気に恵まれるバンドだ。
午前中最後にGO!GO!ブラザーズは登場した。しかしどういう理由かわからんが、
何故か学生の部ということになっていた。全員社会人なのに・・・
まぁーどうあれ無事ライブは終わったが、事件はこの後に起こった!
プログラムでいけば午後4時閉会式の予定になっていた。
しかしメンバーは時間を持て余し、その間はバーベキューなどしたがそれでも時間が余った。
そこで当時兄が勤めていた会社の人の家で軽〜く一杯飲んでビデオを見ながら反省会をして
午後4時にまた会場に戻ればいいと安易な考えで大曲市内のアパートにメンバーが
押し込み、軽〜く飲んで盛り上がった。
さて、そろそろ4時。会場に戻ろうということで一同会場へ・・・

しかし!閉会式は終わり
撤収作業に入っていたではないか!!


当然スタッフに怒られ、山手兄弟は大間ジローさんの楽屋に行き謝罪した。
どうやら参加バンド中、我がバンドだけが、打ち込みを使用し
打ち込みドラムでがんばった我がバンドを大間さんの目に留まり、
当初設けていなかった賞を特別に与えてくださったそうです。
(大間ジロー特別賞でもいいますでしょうか・・・賞品は大間ジローモデルスティック)
しかし閉会式で我がバンドがいなく(そのころ盛り飲んでいる)、スタッフは慌てていたそうで
まだバンド歴が浅いGO!GO!ブラザーズは見事に現場をなめてしまったのでした。
でもみなさんこんなバンドを温かく迎えてくれて最後は共演者のバンドさん達と
和やかにお別れしました。

さて、このライブから間もなく兄マサユキは当初の計画だった夢を追いかけて
東京へ旅立っていきました。
これでGO!GO!ブラザーズはひとまず活動を終えるのであった。


アマチュア音楽祭本番前の記念撮影。
前回のビアパーティのメンバーに助っ人ギタータケさんが加わった1期メンバー
(左前からVo兄マサユキ、Gタケさん、Keyイサムさん、左奥Key弟やま)

なお、アマチュア音楽祭に関しては写真資料が無く、全てビデオ画像から読み込んだ為
画質が悪いことをあらかじめご了承ください。


当時はB'zやTMレボリューションが中心だった。


兄マサユキとタケさん

大間ジロー特別賞として大間モデルスティックを受け取る
兄マサユキ


2001年

GO!GO!!ブラザーズ再始動!

あの兄貴が帰ってきた!
4年ぶりに帰郷。自然な流れでGO!GO!ブラザーズ活動再開!
二人だけでは何ともならんので、インターネットでメンバー募集をかけることにした。
メンバーが見つかるまでいろいろあり、遥々遠出したにもかかわらずすっぽかされたこともあった。
そんな中でようやく見つかり、ベースのゆうちゃんが加わった。
さらにバンドの後輩であるキーボードのケンイチも半ば強制参加という形で加入。
これで第2期メンバーになる。

〜思い出のドンパン祭り前夜祭〜

この年はあまりライブをやらなかったが、大きな出来事として毎年8月に行われるドンパン祭りの前夜祭に出ることになった。その日も空は青かった・・・っというより暑い!直射日光がきつい!
ステージ床のコンパネは裸足では歩けないくらい熱かった。そのためリハーサルは午後の日差しが厳しい中行われた。(機材が壊れるのではないかとまじめに心配だった)
今回2期メンバーの他にベースゆうちゃんの友人のギターけんちゃんが参戦。なんとこの田舎ライブのためにわざわざ東京から駆けつけたのである!そして本番夕方の心地いい風が吹き2曲ほど演奏した。
ミスチルの「抱きしめたい」と何故か桑田佳祐の「波乗りジョニー」もちろん今回も選曲には大いに悩んだ末のことである。たった1回の音合わせにもかかわらずうまくいったと思った。
無事終了のあと、近くの「みのり食堂」での打ち上げ。
主催者側から「好きなモノ食べてもいいよ」と言われ各自ラーメンや焼きそばを注文。
ところが注文したモノがなかなか出てこない。そこで待っている間「どーせ主催者側の金だから・・・」ということでビールを注文。夕食会からただの飲み会にかわった。これがかなりの大盛り上がり!どんどんビールを注文してバンド史に残る大(?)打ち上げとなったとさ。この後メンバーそろって花火を見て
めでたしめでたし?

その1週間後同じ豊岡で「交通安全チャリティー芸能発表会」に兄弟2人で出演。
大ブレークした平井堅の「大きな古時計」を1年も先駆けて披露した。
もしかして平井堅のこの曲がヒットしたのも我がバンドのお陰???

第2期メンバー(ドンパン祭り前夜祭2001より)本番を前に気合いを入れている様子
左からKeyケンイチ、Key弟やま、Vo兄マサユキ、Gけんちゃん、Bゆうちゃん

多くの聴衆の前で演奏するGO!GO!ブラザーズ(ドンパン祭り前夜祭2001より)


よく見てくれ!
これが当時のチラシだが、プログラムをよく見ると・・・



↑これが、上のプログラムを拡大したところ。
ローカルチックな演出か!?(笑) 我がバンドは「ヤングマン」である!!
しかも何故かバンド名が「つとむ&努バンド」といいかげんなチラシだ。
(まー、うまく説明しなかった我々も悪かったのですが・・・)

さて、余談だが・・・
ドンパン祭り前夜祭の後、弟やまは初の彼女をゲット!(ちなみに現在の奥さんです)



2002年

オリジナル曲初披露

前年の「ドンパン祭り前夜祭」から1年3ヶ月。
この間、弟やまは自動車関係(主に軽トラ)のオフ会等に没頭していた為バンド活動は全くやらなくなった。
しかしインターネットでのメンバー募集は継続しており、ある日一人の応募が来た。その人はベースのカズである。この出逢いによってこの後のバンド活動は少なからず変わっていくのである・・・。
さて、初めてあったその日からアドリブでセッションした記憶があり、その後数回自宅に呼んでは
練習(セッション)していた。

〜記念すべきオリジナル曲初披露!Don-Pal協力スタッフ舞台技術講習会ライブ〜

そんな年末のある日、兄マサユキと弟やまは音響の講習を受けていて、講習の一環として模擬ライブをやることになった。これは実際受講生が音響を組み、バンド演奏までするという企画だ。
そこでGO!GO!ブラザーズにも演奏してくれということで新メンバーカズとケンイチ、山手兄弟の4人で参加
することになった。(第3期メンバー)
さて問題はどの曲をやるかだ。相変わらず選曲は難航を極めた。そして考えた末「選曲で悩むのだったら
オリジナルをやればいい!」ということになり、バンド結成にして初オリジナル曲をやることにした。
曲は「HeartBreakHeartBeat」と「eternal world」。「eternal world」は兄マサユキが用意していた曲で
当初曲名は無く、なぜか「べあ」という仮タイトルでしばらく披露していた。「HeartBreakHeartBeat」は
ケンイチが考えたコードを元に兄マサユキが一つの曲に仕上げた。
そして弟やまが作ったインストの3曲で本番当日を迎えた。
模擬ライブということもあり客は内輪であるが、結構喜んでいただけた。
その後の打ち上げで、カズさんは「このバンドだったら大丈夫」と思ったのは定かでないが
1週間後のカウントダウンライブに出ないかとメンバーに誘うのであった・・・
〜方向性が見えてきた!カウントダウンライブ〜

模擬ライブから約1週間後の12月31日大曲市(当時)にあるグローバルダイニングオンで
カウントダウンライブが行わた。メンバーは模擬ライブと同じだが、
キーボードケンイチは婆様と年越すということで不参加。
だがそのあとでちゃっかり来たが・・・・・
曲はもちろん!出来たてのオリジナル曲「HeartBreakHeartBeat」と「eternal world」の
2曲だけであったが、初めて一般のお客さんの前で披露した。お酒も手伝ってか、
お客さん達も盛り上がり多少トラブルはあったが無事ライブは終了!
さて、この頃から他バンドの演奏を参考にしたり交流を深めたりし始めた。
そして何より弟やまは今までは即席バンドという考えであったが、
このバンドでいける!という方向性が見えてきた瞬間でもあった。

翌年GO!GO!ブラザーズは飛躍的な活動をするのである・・・

初めて一般のお客さんにオリジナル曲を披露するGO!GO!ブラザーズ
(カウントダウンライブより)

2003年

充実のバンド活動 〜初の県北地区に進出〜

カウントダウンライブから始まったGOGOブラザーズ。
兄マサユキ、弟やま、カズ、そしてケンイチの4人は
この年に完成した中仙町町民会館(当時)Don-Palのリハーサルスタジオを
拠点として活動をする。

この年から活動範囲を県南地区から全県域に拡大してGOGOブラザーズの名を広めることになる。

まず最初は・・・
6月に横手で「ロリポップエレキショウVol.14」に出演。
終了後、入り口に置いてあった各バンドの色紙に
来てくださったお客さんから寄せ書きをするところがあり、結構書いてくれていました。
あと、見に来てくれたお客さん(私より若い女の子が!!)の間でも評判が良かったと
聞いて確かな手応えを感じました。

そしてロリポップライブ終了後の6月中旬の事だった。
8月に峰浜村(当時。現八峰町)でポンポコ山音楽祭が行われると言う事で
バンド募集のラジオが流れていた。
そこで応募してみたらなんと「あなた方のバンドが選ばれました」と採用されたのだ。
ついにGOGOブラザーズ初の県北地区に進出することになる。
そして本番8月24日17時30分天気は雨も降らずまーまーの天気いつになく
ハイテンションでステージに上がり最高のライブ(だと思った)を行った。

ポンポコ山ライブから1ヶ月後、バンドに初の女性メンバーになるVo/KeyユキDrばんり
が加入することになる。これでバンド結成初のフルパートメンバーになり
バンド活動は様々な方向性を模索しながら充実する活動となった。
この流れで第4期メンバーになっていく。

初の県北ライブである「ポンポコ山音楽祭2003」
このライブでGOGOブラザーズの名を上げていくのであった

2004年

ついに中央地区進出!そしてCD完成

前年の新メンバー加入に加え、兄マサユキが「ボーカルに専念する」ということで
兄自らギタリストを探してきた。それが佐藤先輩ことコウイチの参加である。
(ちなみに佐藤先輩の名の由来は兄マサユキの高校の先輩だから)
これにより第4期メンバーになったGO!GO!ブラザーズ。
このメンバーで挑んだのは初のホールライブになるLive at Don-Palだ。
ドンパルの音響、照明をフルに活用したアマチュアバンドにとっては贅沢なステージであった。
新メンバーゆきちゃんとばんりにとっては初ライブであり、
また、ベースのカズさんは「他のバンドに専念したい」という理由で
このライブを最後にバンドから離れることになった為いつもより気合いが入っていた。
いつになく練習回数を増やし試行錯誤しながら何とか本番は成功に終わった。

ドンパルライブから3ヶ月後・・・
一通のダイレクトメールが弟やまのパソコンに来る。
「毎年秋田市大町で行っているトワイライトリレーコンサートに出演しませんか?」
という内容でありもちろん出演することにした。
8月14日GO!GO!ブラザーズは初めて中央地区に進出することになり、
このイベントがきっかけでこの後ライブ活動を秋田市中心で行うことになる・・・・・

また、この1週間後ドンパルにて角館町のごとうばんどとの共催で「渚LIVE」を開催。
ここで兄マサユキはこのライブのために新曲「嗚呼渚のマンギョンボ・・・(自主規制)」を披露した。
曲のタイトルがこのご時世ヤバくなければ堂々ど演奏できるのだが・・・
タイトルの割にはポップなメロディで歌詞を変えて是非復活したいモノだ。
また、兄マサユキのソロコーナーでは結婚したばかりの弟やま夫妻のために
サプライズでオリジナルソング「おもかげ色の空」を披露。涙する場面もあった。

そして渚ライブから約2週間前、バンド結成初のマキシシングルCD「BEAT」が発売。
初回40枚はあっという間に完売。追加50枚が制作された。(ちなみに全て手作りのためこの枚数が精一杯)
内容は4曲入り(うち1曲はボーナストラック扱い)で全てA面扱いなので
捨て曲なんてモノは一切ありません!(現在廃盤で在庫5枚も無いため入手困難?)

さらにこの年の秋にはひょんなことからエフエム秋田ガレージサウンドストリート
GO!GO!ブラザーズの「かわらないキモチ」がオンエアー
その後11月には念願のゲスト出演まで果たし、ついにメディア界にも進出と
前年に劣らない活動をしたのであった!

余談 弟やまとデンタクボーイ氏(軽トラ愛好会参照)は昔からのガレージリスナーであったため
この番組に出れたことが非常に嬉しく特に印象に残った出来事であった。
2007年3月末にて20年以上続いた番組が終わってしまって残念である。


第4期メンバー
左から・・・弟やま、ばんり、ゆきちゃん、兄マサユキ、ケンイチ、佐藤先輩



Live at Don-Pal 2004打ち上げにて(2/22)
ここには後にメンバーになるヨウスケさんも写っている。

初の中央地区ライブになったトワイライトリレーコンサート(8/14)
この頃ベースカズさんが抜けた為ベースのみ打ち込みであった

ごとうばんどと合同開催した「渚LIVE」


2005年

バンド名改名!新たな旅たち!

この年はバンドにとってのターニングポイントだっただろう。
5月1日、長年親しまれてきたGO!GO!!ブラザーズから「サウス・ブロウ」に改名
これまでのバンドメンバーも再編成して原点に戻り、兄マサユキと、弟やまの
兄弟ユニットとして新たな旅たちとなった。

そんなわけで、バンド名改名からさかのぼること1ヶ月ちょっと前に
ドンパルにて「Live at Don-Pal2005」が行われ
GO!GO!ブラザーズ名義では最後のライブを行った。
(まだそのころは改名を決めたわけではないので最後のライブという意識は全くなかった)

ただ、このライブのメンバー構成は今までの中で変則パターンで
ボーカルのマサユキはギターコウイチ(佐藤先輩)とデュオでアコースティックに参加。
残ったメンバーでGO!GO!ブラザーズになったため
メインボーカルはゆきちゃん!全曲頑張って歌いました。
また、ドラムばんりが妊娠おめでたになった為、ばんりに内緒で「サプライズソング」を作り披露。
ばんりは涙する場面も見られた。こうして感動したうちに終わったのである。

そして5月1日「サウス・ブロウ」に改名したその日、秋田市アルヴェで
アルヴェバンド博覧会2005」に出演した。
兄弟たった2人によるライブだったが今まで以上に華々しく演奏できたかもしれない。
これ以降毎年バン博に出演、お世話になることになる。

そんなアルヴェバン博が終わって夏がこようとしたある日、
2004年のドンパルライブを最後にバンドを抜けたベースカズさんが
久しぶりにバンドに戻ってきた。その体制で8月のトワイライトリレーコンサートに出演した。

これ以降この年はライブを行わないが、翌年は劇的な1年となるのであった・・・

2005年2月20日Live at Don-Pal2005より
初めて兄マサユキが欠場し、ゆきちゃんがメインボーカルとなった。
そしてこれがGO!GO!ブラザーズ名義では最後のライブとなった。



2005年5月1日 アルヴェバンド博覧会より
サウス・ブロウとして新たな出発点となった記念すべきライブ。

2006年

ついに全盛期到来!? 〜バンドメンバー完成形〜


2006年この年はバンドにとって一番活躍した年に違いない。
1月のある日ある人から「盛岡市でライブしない?」とメールが来て
兄弟と相談した結果、やろう!ということになり
バンド結成にして初の県外ライブを行うのであった。
メンバーは兄弟の他にベースカズがいるが、ここでギターコウイチが参加。
さらに後からドラムようすけも参加となり、サウス・ブロウになってから初の
フルメンバーが完成!(第6期)これが現行型になる。
そしてこの現行メンバーがサウス・ブロウの名を上げるのであった!!

初の県外ライブの後は秋田市で2回ほどライブハウスにてライブを行った。
メンバーのうち数名は慣れないせいかライブハウスの感覚がわからず、
うまく演奏できなかったところもあるが、現在は徐々に克服しているようだ。

この年もアルヴェバンド博覧会に出演、
当日兄マサユキは仕事でアコースティックライブを行った為ダブルブッキング
になったが、何とか間に合い観客を大いに魅了した。

それからなんといっても毎年お世話になっているトワイライトリレーコンサート。
7/29でのライブは異様な盛り上がりでアンコールまで披露。
そのおかげかパワーミュージックフロムアキタ(PMA)のイメージソングを依頼された。
そして9月のPMAでは当初初日のみの出演だったが、イメージソングお披露目のため
最終日のグランドフィナーレに参加。「夏の出逢いの中で」を披露し初の2DAYSライブとなった。

ライブ以外では7月久しぶりにエフエム秋田「ガレージサウンドストリート」に出演。
兄マサユキとギターコウイチの痛快なトークで笑いお誘ったが、
弟やまは緊張のためか口数少なく(2回目の出演のはずだが前回より喋れず)
おいしいところを(今回も出演した)デンタクボーイ氏にとられた。
10月にはABSラジオ「アマチュアバンド倶楽部サタデー」に兄マサユキが出演。
PMAイメージソング「夏の出逢いの中で」を生演奏した。

こんな感じで2006年はバンド結成以来最多の年間8回もライブを行った。
そして初の県外ライブ。
初の2DAYSライブ。
初のAMラジオ進出
と初づくしな年でもあり記憶に残った年でもあった。


現在のメンバーです。
左から佐藤先輩、ようすけ、カズ、兄マサユキ、弟やま

初めて県外で行った盛岡ラスティングバルでのライブ
このライブから現行メンバーになり、結成史上最多ライブ回数の
幕開けでもあった。

アルヴェバンド博覧会2006より
この日兄マサユキはダブルブッキングだったが
何とか間に合った。

ザ、パワーオブミュージックフロムアキタ(PMA)に
出演したサウス・ブロウ

PMAイメージソング「夏の出逢いの中で」を披露

PMA終了後の兄マサユキ(左)とヨウスケさん

ABSラジオ「アマチュアバンド倶楽部サタデー」に出演した様子
左から
天野さん、マサユキ、三ツ井さんです

2007年

そして10周年・・・


2007年・・・この年はなんと言ってもバンド結成10周年の年である。
(休業期間は結構あったが・・・・・)
その2007年第一弾ライブは、サウス・ブロウ主催ライブだ!
主催ライブなので何としてもこれは成功したいと弟やまは事前に打ち合わせ、
チケット制作、各バンドへチケットを売らせ、そして自分のバンドの練習と
本番に備えたが、2日前にまさかのインフルエンザになってしまい
バンド結成初のやま欠場となってしまった・・・
さて、ライブはというと・・・会場の大曲Dragon throbには大勢のお客さんが来て
本来のキャパシティを越えた(らしい)そうで主催ライブは成功のうちに終わった。

そして最新のライブは
4月30日に秋田市アルヴェにて今年も「アルヴェバンド博覧会」に出演した。
なんと今年は大トリだった。
お客さんの反応もよくライブ終了後メンバーに詰め寄るお客さんもいて
改めてサウス・ブロウの実力を感じた日でもあった。

「みんなに喜んでもらえるバンド」を目指して早10年。
ようやくここまでこれたと感じています。
これで完結したと思わないで(マイペースで?)突き進みたいと思いますので
これからもサウス・ブロウを応援よろしくお願いします!


主催ライブである「2/17LIVE」に出演。
このライブで弟やまは初の欠場になった。

「アルヴェバンド博覧会2007」より
本番前のリラックスした様子の3人


10周年を迎えたサウス・ブロウ。これからもますます頑張ります!


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