也の会社からの仕事は多忙を極めた。
二人で食事にいこうにもなかなか時間はとれず、休みもまちまちだった。
交際してくれと和也は言ったが、それがどんなふうになるのか真紀は想像がつかなかった。
和也の会社は社長が和也より2歳年上で、和也は共同経営者みたいだ。休みもなく働いている。
和也は昼食に真紀を誘い、短い時間によく話した。
出身は、都下の東京のベットタウン。サラリーマンの父親と華道の先生をしている母親がいて、兄弟は二人。

お兄さんがいると言った。
真紀もその合間に自分のことを語った.
一人っ子であること。神奈川のK市が故郷であること。
美大に入りたいと両親に言ったが反対され、文学部に通いながら内緒でデザインスクールに通ったこと。
結局は両親に知れて、大学を止めてデザインスクールだけにして、今の会社に入ったことなどを。
「どこかに遊びにいきたいが、時間がないね。つまらないね」
とすまなそうにいう。
「いいの、それより、将来どうしたいのか聞かせて」
「社長と一緒にこの会社軌道にのせたいよ。僕は一人で独立できる時がきたら独立したいね、
自分の手でいい企画を形にしたいからね」
「今はできないの」
「できないことはないけれど、僕が独立して、また一からしているチャンスをのがしちゃうんだ。
来る仕事を客のいうようにやって、信用積んで、入ってくるもの増やさないと今はダメな時期だ」
「そうなの」
またある時は趣味の話もした。
「趣味は何なの?」と和也にたずねてみる。「真紀さんは?」
「私は本読んだり、花育てたり、絵以外のことをするわね。あなたは何?」
「今忙しくて、趣味っていわれてもね、何なのか・・・」
と頼りない。
「まあ、ちょっとつまらないわ」
と思わず言ってしまってから真紀は口に手をやる。すでに遅しだ。
「いいよ、本当だものね、そうだなー」と考えて
「そうだ、あったぞ、これは楽しいってやつが」笑顔で和也は言う。
「それは・・・」と身を乗り出す。
「真紀さんと会うことだ」
「何よそれ、ますますいけないわ」
「そうかな、忙しい三浦和也の現在の楽しみは真紀さんと会ってつかのまでも食事して話すことだよ」
と満更でもない顔している。
「ああ、私は知っているわ、三浦さんの趣味」
「ええっ、本人も知らないことを知っているのか?」
「ええ、日本酒よ。日本酒にはうるさいわよ、そして地酒、取り寄せたじゃない、あのなんていったっけ」
「ん、まあ、確かにな。バレているか、にしき郷さ」
「そうよ、この間、お部屋行った時、にしき郷の瓶がけっこうあったわ」
「そうだな、日本酒は凝って飲んだよ、利き酒していたんだ」
「そう」
「真紀さんは日本酒、嫌いか」
「ううーん、そうでもないけど、日本酒に合うお料理ができるといいな、お料理下手なのよ」
少しずつだよ、焦ったってダメだろ、芋を煮るったって、ほら年季がいるだろ、焦がしているうち覚えるさ」
「そうね」<R>
ここまで話がきて真紀は深呼吸して和也に言う。
「母が電話してきたのよ、お付き合いしている人がいるなら紹介しなさいっていいトシなんだからって」
「本当か、それはいい、じゃ、いつ行けばいい」
「そんな、いきなり」
「いきなり?いきなりか、僕のことは言ってくれなかったの」
「だって、まだ会ったのは何回?それも短い時間だけよ」
「でも、いいだろ、紹介してくれよ」
「・・・・・」
「どうしたの?何か不足か?」
「そうじゃないけれど」
「じゃ,何なの」
「三浦さんは私のこと、どんなふうに思っているの」
「好きだよ」
「そうじゃないわ、どんな女に見えるの」
「どんなって、かわいいよ、それから他の女性の何倍もきっちり言ったことを果してくれるよ、
一度始めたら投げ出さないこともいいな、じゃ僕はどう」
「さり気ない人よ。でも存在感があるわ。それから、調子がいいわけでもないし他人を喜ばそうとか、
よく見て貰おうとかもないわ。ウソもないし」
「じゃ,合格だろ」「うん」
「親御さんに会わせるっていってよ、忙しいのはやめにして会いにいくよ」
「・・・・」
真紀は躊躇う。
「あのね、私でいいの?」
「何で、そんなこと言うの、真紀さんがいいと思っているからこうして会って貰っているよ」
「でも」
「何を躊躇しているの?」
「だって、あなたを殴った人がいたでしょ」
「そんなことあったかな、知らないよ、僕は目の前の真紀さんしか見えないから」<P>
次の日曜日に新宿から小田急線に乗って、真紀の実家にいった。Gパンにトレーナーにスニーカーという姿を見慣れている普段の三浦からは想像もつかないようなスーツをきて、かしこまっていた。
真紀は両親が三浦に会ってきっと安心してくれると思った。
K駅についた時は少し雨が落ちてきた。用意した傘をさしながら、こんな日がくるなんて思いもしなかったと真紀はそっと呟いた。
家に着いて分かったのは緊張していたのは三浦より真紀の父親だった。
小さい時から一度言いだしたらきかない娘だったこと、自分としては至らぬだろうが大事に育てたつもりだったことなど、丁寧に三浦にいい、自分達がいなくなったら、真紀は頼る人はないので、生涯宜しく頼むと頭を下げてくれた。
夕方、真紀の家を辞す三浦を送りに母親と真紀が駅までの道を歩いた。
「三浦さん この娘、宜しくお願いします。ご挨拶に三浦さんのおうちに伺いますが・・・」
と母親は言った。
和也は立ち止まって
「とんでもないです。僕の両親がきます。順序です」
真紀には内緒でその次の週に和也はもう一度両親を訪れている。
にしき郷をさげて。
真紀の父親に和也は言ったという。
「大切なおじょうさん、頂きます。この酒、うまいです。一緒に飲んで下さい息子と飲むのは、初めでしょう」
台所で酒の肴を作りながら、真紀の母親が涙したのはいうまでもない。