第三回 一人きりのホテル

 行に新しい靴など履いてくるのはルール違反だった。
サンダルだから大丈夫と考えたのが間違えで踵の上あたりが切れたらしくひりひりした。

 空港の入国審査の順番を待ちながらこの行列はいつまでかかれば終わるのかと思うシャンギ空港。
他の列は真紀の並んだ列より少なくとも1.5 人は早く処理が終わっているふうに見えるのはヒガミか・・・。

 真紀の斜め後ろにいた男がいきなり話しかけてきた。英語ではない・・・。
思わず首をふるとすぐ後ろの男がきれいな英語でいう。
「踵,痛いだろう。これを・・・」 斜め後ろにいた男の掌にのっているのはバンドエイドだ。
「ありがとう、本当にありがとう」と言いながら真紀は受け取った。

 やっと空港ビルを出てタクシープールに向かう。
タクシーに乗ればマリーナマンダリンホテルまであとわずかで到着するはずだ。
大きいトランク、肩から下げたショルダーバックがナリタから6時間の疲れを加えてズッシリと重い。
タクシーに乗り込む。
「マリーナマンダリンホテルへ」というとタクシーはフルスピードで走り出した。
運転手は中国系のようだ。50歳に手が届くくらいだろうか、頭がはげかかっている。

 空

 ホテルのフロントも混んでいた。
日本人ツアーを受け入れているのだろう、不慣れなそうな観光客のチェックインに手間取っている。
 真紀はトランクによりかかりながらまた順番待ちだった。
ようやくフロントの前に立ち、受け付けシートに名前を記入する。
シートを受け取ったフロント係は慌ただしく脇の方へ動き、チーフらしき男と話しを始めた。
すぐに戻ってきて
「ミウラ マキ サン デスネ、ミウラ カズヤ サン ハ キョウ シュッコク シマシタ。コノ レター ト シナ ヲ アズカッテ イマス」
「えっ・・・」
クラクラしながらとった部屋に真紀は入った。荷物を運んでボーイにチップを渡しトビラをきっちり閉める。
すぐに和也からの包みをビリビリ破きながらあける。

  −−−−−

真紀へ
 このレターを読む真紀はきっと怒っているだろう。新婚旅行なのにな。
一緒に出発しない新婚旅行もかわっているけれど、そして君を一人きりにするのも前代未聞だが、緊急事態なんだ。申し訳ない。
急に帰国してくれとFAXが入った。確認すると、社長が交通事故を起こし重体らしい。あわててエアチケットの手配してこのレターを書いている。スケジュール通りに飛ぶと、君とタイ上空ですれ違うようだ。
 仕事がらみながらうまくスケジュールできたと思ったのに、すまない。先にこのホテルに到着した僕はオーチャード通りの宝石店で君の誕生石のルビーで指輪を作った。今日びっくりさせようと思ったんだ。
果たせないなー。
フロントに託す荷物に入れようかと一瞬思ったが、怒って捨てられると惜しいので、帰国してから渡すことにする。
 移動したから今夜は、疲れていると思い、部屋で飲もうと用意した「にしき郷」だけ包む。いつか一度飲ませた秋田のうまいヤツだ。冷蔵庫で冷やして飲んでくれ。
                       和也

−−−−−

   足がひりひりした。冷しもせず「にしき郷」をあけ,グラスに注いだ。「和也のバカ・・・」と思わず、呟く。
 口にした「にしき郷」がほのかに温かく喉を通っていく。
 涙がにじんでくる。
 結婚式をあげ、二人共休暇がとれず、この日まで、ただ忙しく働いていた。和也がインドの特集を担当し、取材後シンガポールに移動し、インタビューをしたら1週間ほど休暇にできる見通しがつき、このスケジュールにあわせて真紀がやっと休みをとった。
「ようやく新婚旅行だね」と言い、この日を楽しみに真紀は仕事をかたづけ、ナリタから飛んだ。そして結果は、見事なすれ違いだった。

【風が笑う】
    フェニックスの葉をおしわけて風が笑う
    お前は一人ぼっちだと決めつけてくる
     「そう、私は一人きりよ」
     そういってうなづく 苦笑しながら
    一人だから軽くて
    一人だから自由
     でも 一人だから遠くても
     愛する人を想っている
    風が笑う
    私は一人

 

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