第一回 迷い道

 夜道がこんなに心細く暗いとは思わなかった。
昼間からエンジンの音が少しいつもと違うと思っていたが、まさか動かなくなるとは予想もしなかった。
まさかが起こり、真紀の車は道の真ん中にとまってしまった。

茅屋根

当然真紀は困りぬいていた。幸い後続の車はなくシンとして住宅街の一角で車を側道にいれようにもハンドルをもつ人と押す人と二人必要だった。

 近くの家のベルを押して、誰かに手伝って貰わねばならない、携帯電話はこんな日にかぎって台所のテーブルにおいてきてしまったので、JA○を頼むこともままならない。とりあえず三角標示板を出して歩いていこうと思った矢先、もう一台車が通りかかった。

 「どうしました?」運転席の窓があき柔らかい男の声がした。
 「すみません、道、ふさいじゃって、私の車、エンジンがかからないのです」
 「そりゃ、大変ですね」といいながら男がおりてくる。
 「ちょっと失礼」といいながら真紀の車の運転席にすべりこみ、キーをまわしてアクセルをふみこむが車は何の反応も示さない。

 「うーん、こりゃおかしい」
 「はい」
男は自分の車に戻り携帯電話をもってくる。

 「JA○に入っていますか、車のトラブルでかけつけてくれるヤツ」
 「それが・・・・書類は家にあるんです」
 「大事にしているんですね」と少し笑い、じゃといって内ポケットから手帳を出して電話する。

 男の携帯電話をうけとり、真紀は車種や車の状況を伝えたあと、車をおしてもらい、道の横に車をよせた。去ろうとする男が通りすがりですからと遠慮したが、連絡先を聞き、JA○に助けられて車を近くのガソリンスタンドまで動かして、修理してもらいやっと家まで戻ってきた。

 次の日職場から昨日助けてもらった男に電話してお礼をいった。
 「もう車は大丈夫なの」
と男はきく。
 「今朝は修理で工場にいれました」
 「君は車通勤なの?」
 「はい」
 「じゃ、困るね」
 「いいえ、こんな時はバスを乗り継げば帰れます」

 遠慮する真紀に退社時間を聞き出して男は送っていくといった。
男の名は大槻。

 これがきっかけで夕食を共にしたり、映画をみにいったりする仲になり、三ケ月後には男と女の関係になった。その大槻に妻子がいるとわかったのは、それからまもなくだった。

 きっぱり別れたいといった真紀に大槻があわてた。
 「妻とはうまくいっていない、半年待ってくれ、離婚する」

 真剣さにまけて大槻と付き合い続けたが半年たっても1年たってもその兆しはなかった。
別れ話しを出すたびに「君の方が数段いい」という大槻の言葉に真紀は疲れた。

 不倫など、ドラマか小説の話しだと思っていた真紀は自分が経験するとは信じられない気持ちだった。
元気もなく目標も失った日々が続いた時、和也の会社から仕事が入って、真紀が担当することになった。

 和也は明るく元気者だった。若く見えたが、職場の女性たちのウワサでは真紀より年上だった。
 真紀の仕事ぶりが認められ、和也の会社から次々に仕事が入ってきた。毎日残業が続き、次第に真紀は大槻から気持ちが離れていった。
 ある日深夜まで残業があり、最後は一人で残って仕上げをした真紀を和也が気の毒がって、マンションまで送ってきた。

暗いドアの前で待っていたのは大槻だった。
 「いくら電話しても仕事が忙しいと言ったのは新しい男がいたからなんだ」
と低い声で大槻はいいあっけにとられている真紀の前で和也をなぐった。
和也は抵抗もせずに殴られ続けた。

 その後
「もう殴り疲れただろう、僕はこの人の恋人でもなんでもない、黙って殴られた分、言わせて貰えばあなたの直情的なところはこの人を幸福にはしないということだ。よく考えることだな」
と言い残して、足をひきずりながら帰っていった。

しつこかった大槻が真紀から離れていったのはこの日からだった。

 真紀は和也にわび今まで話そうとした。和也は静かにいった。
「聞くつもりはない。それより、僕という人間をよくみて欲しい。そして付き合ってくれないか、今度の仕事が終わったら、言おうと思っていたんだ」
 大槻とスナックでウィスキーばかり飲んでいた真紀が居酒屋で日本酒に出会ったのはこの時からだ。

 和也はもっぱら日本酒党だった。

 「日本酒を冷やしてのむ。生き物だから、杜氏さんが米と麹と水を融合させて造った出来立ての“生”のままを飲むんだ。秋田の地酒でにしき郷ってうまいのがある。とりよせて必ず真紀にのませたい」  そういう和也の目がキラキラしていた。


【あなたへのラブソング】

あなたの傍らにいたほのかな光の夜明け

腕の中でお話ししたあれこれ

ささやきかけてくる優しい声はいつものままで語り口も 言葉も

いつもと少しも変わらないから

目をとじて体をよせて聞いていた この大きな包み込むような

 優しさは,温かさは

 あなたの総てだった

若い頃に出会いのなかったことも

“今”向き合ってしまう縁も

もう嘆かない

 このままを この「時」を

 やっと「“今”がいい」とそうささやく



ちょっと感想(浅利 久美子)

 ひとつの恋に、終わりを告げると、女性は、もっともっと大きくなれるはず・・・。
真紀が迷い込んだ道には、大槻がいて、一時は「どうなっちゃうの・・・えっ・・・えっ・・・」と思ってハラハラしたけど、迷い道を抜けるとちゃんと和也くんが出てきてくれて、やっと安心した第一回目でした。
 それにしても、和也くんってかっこいいわよね!! 日本酒好きの男性がみんなこうなら良いのになぁ・・・と心底思ってしまいました。

ちょっと・・・そこの若者よ・・・君たちの世代にはこういう飲み方をして欲しいのよ。
お願いね・・・(^o^)

 さて、第二回目は、「真紀の育った町」
ウフフ・・・待っててね。

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