職場(田沢湖町民会館)において実現したシステム構築の新しいアプローチ

 私が当職に就いてから早いもので17年が経とうとしている。赴任当初職場の音響システムを見てあまりの使いにくさと基礎能力の無さに愕然とした覚えがある。

 一つには、全体にモジュラーステレオのような形式になっているため本格的な拡張に適さない構造だったことに加え、一時的なアウトボードの追加による対応もいたしかねるほど拡張性のないシステムだったことによる。

旧システムの概要

 当館のホール形状が単一スロープの非常にシンプルな構成であること。そして十数年当館で音響を受け持ってきて当館のオケージョンに於けるアプリケーションのあり方を検討し、そぎ落とすべき部分と将来に渡って夢と可能性をつなぐ意味でのシステム構成を長い間考え続けた。そして最終的にいくつかの理念のようなものを構築できたと思われる。その理念から具体的な構築へと至る過程を別紙のようにまとめ、最近の視察者の方々には提供している。少なくとも通常設備音響設計を生業とする大会社のアプローチとは大きな違いがある。そして私自身、自分で簡易な回路設計もし、大概の工事を経験しており、またフリーでSRを引き受けることもあり、かつ痴呆公務員として事務方の仕事もこなしているからこそ出来たアプローチというのも相当あるやも知れない。

音響システム改修の概要

 基本的には、専門は専門である!という点に尽きる。いくら自動化が進んでもジャンボジェットをまったくのアマチュアに操縦させようと思わないように、現代の設備音響はその規模においてまた、要求されるアプリケーションの多様さにおいてすでに事務方などのアマチュアの手に負えるものではないということである。もはや出力は10kW超が標準となりミキサーもアンプも録音系さえもコンピュータによる精密な管理を要求されるようになった。この大規模なシステムをアマチュアに扱わせ、マイクの抜き差し一発ですべてのシステムを破壊させ得るというのにいまだ設備設計のアプローチはアマチュアでも使えるシステムなどという幻想を売っている。その結果、プロにとっては見通しの悪い緊急時の応用性や対応性の悪いものとなっている。ここを原点に引き戻すことが第1アプローチであった。

 そして、メーカー主導型の発注様式自体の持つ欺瞞性(これは設備音響業界を責めるわけではなく官公庁の工事発注のシステム自体を言う)をはぎ取り、アッセンブリーの自由度を取り戻すこと、そして必須の機材をきちんと自らの手で選定できることを目指した。

 さらに人件費高騰の折、工事費自体を圧縮し、機材比率を高める上から

を合い言葉に機材の選定、システム全体のデザインに入った。

 本システムの特徴の一つに建築音響上の欠陥のマスキングというテーマがある。会館の持つ建築音響特性はとても専門家が考えたものとはいいがたく、プレーンなコンクリートむき出しの内装に多大なる平行面、そしてフロントサイドスポットボックスの大掛かりな張り出しなど、音響的には極めて低レベルのものである。これをまったく完全に回避するなど無理な話であるが、適切なシステム設計を持ってその欠点を目立たなくすることは不可能ではないと判断した。

 さて、多くの会館で、相当に費用をつぎ込んだシステムが導入されているにも関わらず、持ち込み機材を用いているロード業者の作る音の方が、はるかに良いという経験をされている方が多かろうと思われる。

 大概の持ち込み業者はマイクライン、パワーアンプ送りともにマルチケーブルを用いている。かたや会館固定設備は単独のL-4E-S以上のクラスが用いられ、かつ鋼管引きによって外来ノイズからも保護されている・・はずである。まして会館固有の音響条件は煮詰められ、回避されているはずである。が、実際には持ち込み業者の方が鮮やかな良い音を聞かせることが多い・・なぜか?

 つまり、音に関して無駄なものは無駄である。必要なものは必要であるという切り分けがなされていないということが一番大きい。かつ、何が音をなまらせるのかという基本的な認識が、設計・施工をする側に欠けていることも大きいと思われる。

 一般に海外のメーカーはあまり大企業は少なく、経験豊かな現場エンジニアがもともと有していたエレクトロニクスや音響面での素養をもとに、経験から必要性を感じた機材を自ら作り出し、他のエンジニアにも供給するようになったという来歴の会社が多い。が、日本のメーカーは概して大メーカーであり、大卒の現場経験のないエンジニアが机上の理論とアンケートだけで設計した製品が多い。したがって、現場の人間がとっさのとき何を要求するかの視点が欠けている場合が多い。本番中のトラブルに対する恐怖感がないのだ・・これは特にデジタルなどという簡単に利便性を追うことのできる機材で顕著で、利便性に振り回され、本質的な、本能に根差したインターフェースが設計できていない。人間はどの指をセンサーとするのか、とっさのとき腰は浮くかどうか、緊張したときの目線は何処を向くのか・・・などなど、基本的且つ重大なことを見落としている。

 これら日本のメーカー・施工業者の持つ欠点がホール音響設備設計という一品ものに近い設計の場合は、悪い方向にその独善が出てしまうように感じるのは、私だけであろうか・・

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