直間接臨界距離について

 残響を有する閉空間における発音体の発する直接音が、何処まで届くのかということを吟味するとき、まず第一に問題にされなければいけないのがこの直間接臨界距離である。

 音響学では臨界距離として定義されており、一定の音圧を有する発音体の直接音が間接音と同一の音圧レベルになる距離を言う。この時点で当然であるが直接音と間接音が同一音量であることから、各々の3db上の値がその時点での音圧ということになるのは自明である。公式は以下によって定義されている

Dc=臨界距離
Q=指向係数
R=室定数
S=室表面積
avrA=平均吸音率
  1. Dc=0.141*SQR(QR)
  2. R=S*avrA/1-avrA=(Dc)^2/0.0199Q

 さて、実際の聴感上で直接音をロストするのは、間接音が直接音をマスクする距離となるので、実際には今少し遠い地点になると思われる。明瞭度を確保するには4Dc以内とは言われる。しかし私の感覚としてはより近い距離に置きたい。なぜなら、SRとして明確なコントロール下に音場を置きたいためである。つまりフェーダーが有効に効き、EQが有効に利く状態でないと責任あるオペレートは保証できなくなるが故である。もちろん実際に音をいじくるかどうかは別として・・

 直接音が、理想的な無指向性音源の場合は会場の残響係数によって一意に決定できるが、SR用のスピーカーのように明確な指向性を有する音源の場合はいま少し問題は複雑になる。というのも周波数帯によって指向係数の違うユニットが用いられることが多く、ユニット全体としての指向係数だけでは簡単に片づかないからである。

 なぜこれにこだわるのか。つまり、直接音であるうちが、SRにとってコントロールの利く領域であるからである。間接音側に踏み込むともはやSRの手の届かない領域になってしまう。間接音はその元となる直接音をこそ変えることは出来るが、問題は「間接」コントロールであることである。したがって我々SRエンジニアは如何に直接音領域を拡げ、リスナーを直接音制御領域に置くかに腐心することになる。ゆえに直間接臨界距離は重大なテーマになる。しかも、別途述べるが指向角を有効に利用することで直間接臨界距離は変更可能であるからである。

 音響理論の公式にはその直接音がどのように放射されているかは定義されていない。が、ここにシステムプランの腕の見せどころの一つがあるのだ。

 スピーカー等に関しての直間接臨界距離は純粋に技術的な問題として取り扱うことが出来る。しかしながらことこれが声楽や生楽器となるといささか微妙な問題を孕むことになる。

 クラシック音楽に於けるホールに対する要求は大変にタイトなものがある。ホール設計においても良い響きに関する研究は多くの先人・碩学によってなされている。しかしながら、この直間接臨界距離という概念を持ち込んで再検討した場合、一体直接音・間接音がどの割合のときを良い響きであるとするのか疑問である。

 如何に優れたホールであっても楽器があり、有意な距離を持って離れたリスナーがいる限り、今聞いているのがどの程度の直接音比率であるのか、これがスタンダードな響きであると言えるのか、どの音を持って音楽家の音であると認めるのか、私には判断する術がない。音楽家は自分の音に関してはリスナーの音を聞くことは不可能である。あくまで、目の前の楽器の直接音に、ホール特有の間接音を直接音に付加されたリバーブ成分として聞くことになる。この音が良いとして、果たしてその音がリスナーに届いているのかは全然別問題となる。

 楽器があるとして、その隣接した位置にリスナーとして立ち、徐々に距離を空けていくと間接音がどんどん入り込んで来る。そしてある程度以上離れたとき、突然リアルに聞こえていた楽器音が耳からの手応えが離れるようにリアリティを失う瞬間がある。この距離以上では楽器の音を聞いているというよりは残響音を聞いているといって差し支えない。確かにある種の音楽はこの状態を前提に作曲されている場合もあり、一概に悪いわけではないが、さてそれ以外の曲はどちらを良しとしているのであろうか。

 音響家の立場のみを主張をするなら、楽器というものをあくまで直接音主体で残響を付加した程度のバランスで届けたい。もともとサロンで聞かれていたクラシック音楽が城のホールで演奏される様になると各楽器に対してより大きな音量を要求するようになった。そして、専用のホールを用いるようになってより音量に対する要求が厳しくなり、現在の楽器の構造となった。この音量に対する要求の変化を軽視するべきではないと思われる。つまり、歴代の音楽家は隅々のリスナーにまで自分の音を聞かせたかったということではないか?そして何より、早いパッセージでは残響は邪魔であり、フレーズのエンド部分やゆったりしたパッセージではたっぷりした残響が欲しいということである。これを建築音響ではどのように解決するのであろうか。

 こうした要求に対してすでにヨーロッパなどではSRを積極的に活用し始めているように思われるが、わが国ではミュージシャンのSRに対する不信が大きく生信仰が強いが、自分の演奏している音、自分のコントロール下にある音をリスナーに届けるということが重要ではないかと思う。この場合のコントロール下とは、ミュージシャンとしての楽器の音色表現を言う。これをより多くのリスナーに届けるにホールの建築音響依存ではいささか心もとないと言えるのではないかと思われるが、いかがか?


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