小児科通信 平成13年11月号
11/3-16休みます。2週間も続けて休暇がもらえるなんて、これから先ぜったい無いでしょうね。それにしても初の海外旅行の予定をせっかく立てていたのに、この状況で国際線に乗るのは気が進まず国内旅行に切り替えたのが残念。で、なんで2週間も休むの? (文責:渡部泰弘)
食事制限は必要?
先日、こんな新聞投稿がありました。(朝日新聞10/10くらし/医療より抜粋)
「4歳の娘が耳鼻科にかかり、3種類の薬を混合した粉薬を出されました。娘は卵アレルギーがあり、その事は耳鼻科でも薬局でも言ってあるのに、粉薬の中の一種類は卵白由来の薬でした。一回飲ませてしまった後に気が付き薬局に電話し、もう飲ませたくないと話すと「卵そのものではなく加工してあるから大丈夫」「飲ませ続けてもいいんですか?」「一回飲んで大丈夫なら飲ませていいですよ」と重大さが全く分かっていない口調。これからは薬を飲ませる前に親が必ずチェックする事を心に誓いました」
パッと読むと「確認しない医者・薬剤師が悪い」と思われる内容ですし、確かにこのお医者さん・薬剤師さんは言葉が足りなかったと思います。
しかし、この投稿は他の大きな問題も含んでいるように見えるのです。
アレルギーというあいまいな病気
小児科にかかる子を持つお母さんの中には、アレルギーという言葉に敏感な方が結構多いと感じています。外来でも時々「アレルギーの検査しなくていいですか?」と聞かれることがあります。
アレルギーとは体の免疫反応の一種です。本来免疫反応とは本来、体に入ってきた病原体をチェックして体に障害を起こすのを防ぐ仕組みなのですが、アレルギーの場合は、この反応が病原性を持つ外敵だけでなく自分の体に向けられ、様々な症状を起こすのです。
アレルギー反応の中で最も重症なのがアナフィラキシーと言われるものです。これはアレルギーが起こってから短時間の間に血圧低下や呼吸困難を起こすもので、場合によってはショック・意識障害を起こし死亡する場合もあります。スズメバチに刺されてこのような症状を起こす事が多いのは比較的有名です。
一方、日常的に診るアレルギー性疾患の診断や治療は未だにあいまいな部分が多いため、医者によって説明や治療内容が大きく変わるのが現実です。
アレルギー性疾患と言われる気管支喘息・アトピー性皮膚炎・花粉症・蕁麻疹(じんましん)などは数多く診る病気ですが、これらの病気はアレルギーだけが原因なのではなく感染・疲労・環境の変化・心理的影響などで症状が大きく変わります。逆に言うとアレルギーだけを治そうとしても症状は必ずしも良くなりません。また、アナフィラキシーを起こす子はアレルギー性疾患全体の中ではごく少数です。
またアレルギーの検査もいろいろあるのですが、外来ではRAST法という(アレルギー反応を起こす血液中の「特異的IgE」を調べる)血液検査をする事が多く、この結果の判断に悩んでいます。
まず「アレルギー検査」と言えば普通は「どんなアレルギーがあるか分かる」と思いますよね? ところがそうではなく、200以上ある項目の中から「卵白」「ダニ」など具体的な項目を(保険では一回に10項目まで)選んで調べるので、他の項目についてはどんな強いアレルギーがあっても分かりません。
またもう一つの問題は、検査値が高い事と症状が強い事が必ずしも一致しない事です。卵を食べて全身に発疹が出たので調べてみると弱い反応しか無い場合や、「血液検査のついでにアレルギー検査もしてみる?」と出した検査で、何の症状もなく平気で卵を食べる子に卵のアレルギー反応が強く出たりするのです。ですから、僕は血液によるアレルギー検査を治療の目安としか考えていませんし、その結果だけで食物制限は絶対しません。しかしこの点は医者の中でも統一がとれておらず、検査値で食物制限をするお医者さんもいます。もちろん、中にはきちんと食事制限を必要とする子もいますが。
さらに問題となるのは、こんな間違い。何かを食べて口の周りが赤くなったのは、アレルギーではなく接触性皮膚炎かも知れません。夕べお刺身を食べて蕁麻疹が出たのは、本当は体調が悪いだけでお刺身が原因では無いかも知れません。ところがこうした事をアレルギーと思いこんでしまう場合が多いのです。
世の中にあふれるアレルギー情報も必ずしも正確なものばかりではなく、誤った情報から極端な食物制限をして体調を崩したり、治療ではなく利益を追求する「アトピービジネス(医学の裏付けのない、アトピーに効く!という宣伝で実は金儲けの商品)」の被害に遭ったりする事件もあります。この豊かな日本で未だに命に関わるような栄養失調小児の報告が毎年のようにありますが、それは「虐待」か「誤った食事制限」のどちらかです。
医療行為とその子の「幸せ」
冒頭の新聞投稿に話を戻しましょう。僕が思った疑問は「この子の卵アレルギーは食事制限が必要だったのかな?」という点です。この子がきちんとした診断を受けて治療の上で必要な卵の除去食をしている子なのか、あるいはお母さんが卵アレルギーだと思いこんでいるだけなのか投稿からは分かりませんが、実際に卵白由来の薬を飲んで症状が無かった所を見ると、どうやら微量の卵の成分まで厳密に制限する必要は無さそうです。
なぜか「食物アレルギーは食事制限をしなければならない」と強く信じている方が多いのですが、過剰な反応はよくありません。検査でアレルギー反応があっても症状が無ければ、僕は「食べて何でもないなら食べていいよ」と言ってます。症状もないのに「食べちゃダメ」と言うより、みんなが「おいしい」って食べている時にみんなと同じ物を食べられる方がその子にとっては幸せだと思うのです。
よく「医者は病気を診て人を診ない」なんて悪口を言われる事がありますが、検査値だけ見ていてもダメで(もちろん必要な検査はしますよ)、その医療行為でその子が幸せになるのかという点は常に考えていかなければいけません。だからこそ、時には辛い事もします。「これで良くなるからね」と思ってなければ、血管の見えない子に何度も痛い思いさせて点滴なんて出来ませんから。