第三十八話「」

「・・・ぬんッ!!」


アミクスの重みのあるかけ声と共に、いきなりイオリス達の足下から波動が迸る。
すぐさま横に転がって回避した瞬間、さっきまで立っていた位置からすさまじい勢いの波動の柱が突き上がる。


アミクスもまた、スピリット。
彼が操るエレメントは、中でも強力な部類に入る「大地」。これくらいのことなど、造作もないことだった。


大地の力を活用した追尾攻撃に、相手に近寄ることすらままならなかった。
回避するしかない。攻撃などする暇がない。
そうこうしている内に、いつのまにか回復したエクシムまで加勢している。

アミクスが足止めし、キサラク―黒い龍顔の男―とエクシムが実際に攻撃する。
皆、必死で二人の斬激を受け止めてはいたが、既に極限まで追い詰められていた。















「くッ・・・!!!!!!!」



苦し紛れに、音の力を全力で周囲に拡散させる。
味方には効果が及ばないように調整した為、その分の影響も敵に集中する。






「ぐっッ・・・・!?」







エクシム、キサラク、アミクスが同時に耳を押さえてよろめく。
その隙にノックスとヴェイル、メイスが三人に向かって武器を構え、走り出す。




「・・・ッラァッ!!!!」

キサラクが、いきなり地面からアミクス同様に波動を噴出させる。
まともに波動を食らい、宙に舞う三人。
そのまま床に叩き付けられ、よろめきながら立ち上がる。



すかさず襲いかかるエクシムとキサラク。
その瞬間、ファイナが三人の目の前に巨大の水の塊を作り出し、そしてそれが勢いよく流れ出した。
高圧水流の直撃で、後ろへ無理矢理後退させられる。






「・・・調子に乗るなよッ!!!!」

エクシムの矛が光り、その先端から巨大な岩石が一瞬で生成される。
それを軽々と上へと投げ飛ばし、自身も跳躍し、空中で岩石と並ぶ。

そして、大きく振りかぶり、勢いよく矛で岩石を砕いた。
より小さくなったが、それでも当たれば唯ではすない岩つぶてが、雨のように降り注ぐ。



ついに、回避が間に合わなくなった。
ファイナ、イオリス、メイスが岩の直撃を喰らい、派手に倒れ込んだ。
頭から血を流しつつも、立とうとする三人。

すぐさまノックスとレルクが駆けつける。
出血が酷い。放っておけば危険なくらいに。

それでも、三人の己の血に塗れた手は、必死に武器を握り続けていた。





その時、ファイナとレルクの目が合った。
彼女の黄色の瞳は、今にも消えそうな意識に必死にしがみ続けていた。








側を見れば、イオリスとメイスは既に意識が無かった。
最早、言葉を発することができない状態にある彼らの言葉を代弁するように、ファイナは言った。
















「・・・お願い・・・」







たった、その一言で。
レルクは、己のやるべき事と、「ある事」を悟った。

自分の内側から、様々な思いが全て一つとなって溢れ出してくるのが解った。





その瞬間、アミクスとキサラクが全力で地面にそれぞれの爪を突き立てる。















「吹キ飛ベェェェッ!!!!!!!」



地面から、先程とは比べものにならない程の、巨大な波動の柱が連続で突き出てくる。

回避行動をとる暇も無く、ファイナ達全員がその波動に飲み込まれてしまった。
各々がわずかに悲鳴を上げたのが微かに聞こえたが、すぐにそれすらもかき消される。

それでも止まない波動の波が、これでもかと言わんばかりに更に覆い尽した。
波動がようやく止んだ時、そこに残っていたのは、もうもうと上がる濃い煙。








「・・・手間トラセヤガッテ・・・」



キサラクが、だんだんと晴れていく煙を見ながら呟く。
アミクスとエクシムもそれを見つめていた。





























「・・・ふう、危なかったぜ」










その声が聞こえるのと同時だった。
キサラク、アミクス、エクシムの三人が、いきなり凄まじい風圧を感じ、
その瞬間、向こうの壁まで吹き飛んでいったのは。
壁に背中から衝突し、よろめく三人。



「・・・なッ・・・!?」





アミクスに続いて、エクシムとキサラクが己らの目を疑った。









さっきの風圧で、視界を覆っていた煙は完全に吹き飛んでいた。
そこには、一人の男。
その後ろには、さっき消し飛ばした筈のファイナ達。しかも、殆ど無傷。








その男は、ゆっくりと三人に向かって歩いてきた。
―――まさか、とアミクスが察する。


彼の体躯は大きく変化し、その両手には銀色のクロー。

一切の邪念が感じられないその黄緑色の眼が、むしろ不気味だった。















「・・・ビックリしたか?正直俺もビックリだよ♪」



あまりにも軽快なその口調が、耳障り。
「どうした?」などと喚きながら、だんだんと距離を詰めてくる。



「・・・大丈夫だ」
アミクスが、キサラクとエクシムに呟く。

落ち着け、よく考えろ。
D細胞なら、キサラク、エクシム、アミクス。三人ともその身に宿している。
たかが一人、難てことは無い・・・。





「・・・残念♪」



ノックスの剣から吹き出した鉄が、まるで蛇のようにうねりながらキサラクとエクシム目がけて突っ込んでくる。
攻撃すら弾かれ、二人はあっという間にぐるぐる巻きにされてしまった。
もはや身動きできない。




「レッツ♪お仕置きターイム♪」



レルクが最高の笑顔でそう言った途端―――彼の姿が、消えた。
そして同時に、鉄ダルマと化した二人が空中へと舞う。
身動きできない為、受け身すらとれずに頭から落下した。



「・・・・・ッ!!!!」


アミクスに焦りの色が見え出す。
姿が見えない。だが、「ソレ」が高速で壁を蹴り天井を蹴り、部屋を縦横無尽に動き回っているのは解る。


す、と目を瞑るアミクス。
目に見えないのならば、もはや感覚。
攻撃に転じるその一瞬の気配を感じとり、一撃で返り討ちにする。


微動だにしないアミクスと、逆に高速移動するレルク。
極端なまでの「静」と「動」が、相手の隙を狙い続ける。





















―――――――――――――







「そこだぁァッ!!!!!」







アミクスの渾身の一撃が空気を斬る。
その爪には、しっかりとレルクの爪が捕らえられていた。

「・・・流石だな!」
レルクが、にっこりと笑う。
その表情に一瞬戸惑ったが、すぐさまトドメの一撃を追撃するアミクス。



「・・・でも、やっぱり残念♪」





アミクスの爪は、今度は違う意味で空気を斬っていた。
彼がそのことを認識する間もなく、いきなりアゴに衝撃が走った。
彼のその巨体が、あろうことか宙に舞っていたのだ。


アッパーキックの体勢からすぐに戻り、レルクが跳躍する。
そして宙に浮くアミクスの着地を許さぬかのように連撃を叩き込む。









そしてレルクが、一瞬制止した。
しかし、アミクスがそれを視覚するには遅すぎた。





















彼が見た、その一瞬。
レルクの爪が緑色の閃光に包まれ―――――







「終わりだぁぁぁぁぁぁァッ!!!」









一閃。
風の力を纏った一撃に脇腹を抉られ、片膝をつくアミクス。





「・・・ぐッ・・・・!!!」

「・・・おわ、すげ」


レルクが思わず感嘆の声を漏らす。
絶対に心臓を狙った筈なのに、自分の爪は彼の脇腹を深く抉っていた。
とっさに急所を外したのは理解できたが、やはり只者ではないことを改めて思い知らされた。

しかし、重傷なのは事実。事実上戦闘不能。
最後の一撃を加えるべく、肩で息をしているアミクス目がけて走る。

「トドメだッ!」





その瞬間、アミクスが地のエレメントを爪に集めて地面に突き立てた。
そして彼とエクシム、キサラクの姿は、突如できた地割れに飲み込まれていった。
地割れは相当深く、当然の事ながら部屋の床ごと割れて地層がはっきりと奥に確認できた。






「・・・ちっ、命拾いさせちまったか・・・」




アミクスのことだ。
おそらく、後でどこか他の場所から這い出てくるだろう。もちろん、他の二人も。





しかし、それよりもまずは先にファイナ、イオリス、メイスの手当が先だ。
・・・と思うほどの間もなく、ノックスが既にフォンスを呼んで、三人を治療室へ連れて行っていた。
まずは安心する。








・・・しかし、と。
改めて自らの体を見る。

人ならざる者となった、自らの肉体。
いつかそうなる事を覚悟はしていた。
仲間達が側に居たとはいえ、怖くなったこともあった。








けれど、証明できた。
この力は、人を守れる事を。








暫くの静寂の後、肩を回して―――彼は治療室へと急いだ。





その時。
彼の中に、今度は別の不安が浮かび上がってきた。







――――大丈夫だったか、ロサダ――――






「・・・待っていましたよ」








満身創痍で、肩で息をしていたロサダの目の前に、ケイムは現れた。
白い龍顔の男を爆発四散させ、なんとか再び地に足をつくことが叶ったすぐ、のことである。

「・・・俺を殺しにきたのかい?」という問いに、首を横に振る彼。




「本部に戻るんですよね。肩、貸しますよ」

「・・・いらねぇよ。こう見えても、敵に体預けるほどマヌケじゃないんでね」

「・・・正論です」








言葉にはしないものの、お互いに気づいていた。
・・・不思議な、に。






「お前は何をしてたんだ・・・?」
「戦闘をサボって、貴方の帰りを待っていました」

「なんでだ?」
「・・・正直に言うと、貴方には最初から死んで欲しくはなかったのです





「ほう・・・どうしてだ?」
「・・・・・・・・」




その問いには答えなかった。
そしてロサダも、それ以上は聞かなかった。
どうせいつか聞くつもりだから。











「・・・それより、早く本部に戻ったらどうですか?
         皆、あなたの帰りを待っていますよ?」





「・・・そうだな」





軽く頷いて、背を向けるロサダ。
不意打ちなどしてこない。不思議と、そう思えた。

そして実際、彼はしてこなかった。
























大分歩いてから、急に振り向くロサダ。
そしてひとつ、聞いた。







「・・・お前には、帰りを待っていてくれる奴が、いるのか?」

















静寂。
お互いの耳に聞こえるのは、風の音だけ。
彼は、上を向いて、空――または、虚空か――を見つめていた。





ゆっくりと顔をロサダに向け、やっと口を開く。







「・・・”今の私”には、帰りを待ってもらう資格すら―――ありません」















「・・・そうか」








あえて、励ましや慰めの言葉は言わなかった。
自分がそんな事を言える立場ではないことも解っていたから。

自分もまた、他人の血でその手を染めた者。
自分にはそれを責める権利も、それを肯定する権利もない。





















「お前の人生に、どんな事があったのかは知らない。
 だが・・・お前自身は
、今の自分が正しいことをしていると思っているのか?」



だから、代わりにそう言った。
そして―――返答が返ってくることは期待していなかった。








「・・・今の私には、解りません」






曖昧に聞こえる内容だが、その言葉だけは重みがあった。
水が持つ浮力などでは覆せず、更に奥へと消えていく鋼のような。

そしてロサダは、その言葉をはっきりと聞き取れていた。




































「・・・・あ」






気づけば、彼は居なくなっていた。
そして、今度は本部で仲間が戦っている事を思い出す。

















―――――皆、あなたの帰りを待っていますよ?―――――













先程まで感じていた疲労感も吹き飛び、その足は再び大地を蹴る。
彼は本部の方向へ全力で駆け抜けていった。





――待ってろ、皆。今、帰るぞ―――













その頃、ケイムは。
随分離れた場所ではあるものの、そこからロサダとは正反対の方向へと歩き出した。


一歩、一歩・・・ゆったりと、そして・・・確実に。

























「・・・私の・・・帰るべき場所、か・・・」













「帰路」完