第三十二話「」


「・・・・・ナッ・・・・!?」


そこにいたイオリスは、先ほどのイオリスではなかった。
体中に青紫の波動が走り、その身体は―――“進化”していた。
鎧は銀色に輝き、肩から伸びるアームが少し揺らめいている。





「・・・・来いよ、外道。
    ・・・相手、してやるぜ」



至極、落ち着いた声で諭すように、または挑発するように、静かな口調で話すイオリス。
余裕ありげに、武器をいじくりまわしている。

それが逆に男の神経を逆撫でする。





「・・・・ナッ・・・ナメヤガッテェェェェェェッ!!!!!!!!!」





腹に空いた穴を抑え、渾身の力で爪の斬撃を繰り出す男。
しかし、さっきまでのイオリスとは違った。


爪を、その刃でしっかりと受け止めた。
そしてそのまま、こちらへグイッと押しつけてくる。


「・・・・グッ!? ナンダコノチカラ・・・!?サッキマデト・・・」
「・・・違うよな?」

一言聞き返した後、思いっきり刃を押しつけ、男を後ろへ押し飛ばす。





男は正直、何が起こったのか解らなかった。
あの男に、何が起こった?
何があの男をあんな姿にさせた?






・・・・・・・・。








そこまで考えて。
男はやっと気付いた。
























・・・D細胞・・・・!!!!!!!!!







「・・・・気付いたようだな。ご名答だよ」

イオリスが武器を回しながら返す。
そしてカチャリと音を立てた後、ゆっくりとした歩調で、倒れた男に歩み寄ってくる。
鎧が、カチャリ、カチャリと音を立てている。







「・・・ウラァァァァァッ!!!!」





男が爪を振りかざし、連続で斬撃を加えてくる。
しかしイオリスは、その全ての斬撃を受け止めている。
辺りには鋭い金属音がキンキンと響き、火花が散る。


・・・?




そして男は気付いた。
いつの間にか、イオリスに斬撃を加えられている。
自分は必死にそれを受け止めていたのだ。

その瞬間、
イオリスの斬撃が腹に当たる。



「・・・・グッ・・・!」




男がよろめく。
何故かイオリスは攻撃せず、逆に男からゆっくりと離れ、間合いを取った。
















「・・・・残念だったな。相手が悪かったようだぜ・・・」














そう呟いた瞬間。
イオリスの武器から青紫色の光が出で、イオリスがそれを纏う。

男はなんとか体勢を立て直し、
ぼろぼろになった腹を押さえながらイオリスの方を見る。








イオリスの様子がおかしい。
本能的に危険を察知し、男が逃げようとした瞬間だった。
































一瞬だった。
男が逃げる間も悲鳴を上げる隙も与えずに、青紫色の閃光が男の胸を貫いた。
音の属性の力を一気にぶつけたのか。



いや。
さっきまでイオリスが立っていた位置に、彼が居ない。
ならば。


















男を貫いた閃光の中から、イオリスの姿が露わになる。
あまりにも一瞬の出来事だった為に、男は暫く自分の身に何が起こったのか理解できなかった。


しかし、次の瞬間。







「・・・ガッ・・・!!!!」




男が一声、悲痛な呻きを残して倒れ込む。
当たり前だ。土手っ腹に大きな穴が空いたのだから。
男は仰向けに倒れると、そのまま動かなくなった。













リルスが、イオリスの姿を見つめている。
そんなリルスの方を見て、そして微笑みかけるイオリス。


淡い光がイオリスの身体を包み込む。
光が消える頃には、イオリスの姿は元の姿へと戻っていた。




「・・・・ありがたいぜ、ノックスの野郎・・・D細胞の量を調整してくれたな・・・」











そう呟くと、イオリスはリルスへと歩み寄る。



































「・・・・姫、御怪我は御座いませんか」










イオリスの、その普段からは想像も出来ない言葉に涙が溢れる。
リルスは涙を零しながら、イオリスに抱きつき、そしてそのまま泣き崩れた。

イオリスが頭を撫でてくれる。
その感覚は、今まで経験した中で、一番暖かいものだった。











「・・・・・イオリス!大丈夫だったか!」
戻ると、ロサダ達はダーカーを全て殲滅していた。
イオリスのボロボロの身体を見て、まず最初にレルクがそう言った。


「・・・ああ。こうして生きて帰ってきたよ。な、リルス
リルスが、イオリスに抱かれている。


イオリスの笑顔。
それは、今まで見た笑顔の中で一番「普通」だった。


皮肉や、自虐等の一切無い、「普通」の笑顔。








「・・・・イオリスはね、凄い格好良かったんだ・・・本当に」

リルスが顔を赤くしながら言う。
その言葉に、皆が笑顔で返した。






そして、ロサダが言った。






















「・・・・じゃあ、リルスちゃん・・・だったかな?
     イオリスのお兄ちゃんがどんな風に格好良かったのか、聞かせてもらえるかい?」











「・・・・ウグッ・・・・」

男が、呻いている。
腹に大穴が空いたまま、だったが。





























「・・・・・生きていたのか」



























「・・・・オマエカ・・・・・・何故ココニ・・・・」
「お前らの襲撃を見届けにね」



「・・・彼がD細胞を投与するなんて予想外だったよ。
 
しかし、まあいい。いざとなったら脅迫でもして俺達の仲間に引き込めばいいのだからな・・・」




「・・・クッ・・・・オマエモトコトン悪ダナ・・・」
「それはお互い様というものだぞ、キサラク・・・


「それより、もたもたしてるとアルバ・カテルが来るぜ。
 アンタみたいな化け物がここで倒れてると、すぐに捕まる」

「・・・ダッタラ・・・ナントカシテクレヨ・・・」




「心配するな。幸い、“コア”
は外れていただろう。
 死ぬ事は無いが、とりあえずこれで少しでも治しておけ」


黒いコートの男が、D細胞の入った注射を男に打つ。
すると、みるみる男の腹が修復されていった。




「・・・・アリガトヨ、恩ニキルゼ」
キサラクという名の男は、治った腹をさすりながら起き上がる。













































「・・・・・・・・どういたしまして」






そう言い残すと、
黒コートの男は遠い森の方向へと歩いていった。







































一歩、一歩・・・・ゆっくりと。


















「音速」完