「・・・・ケケケケケ・・・・・何処マデ逃ゲルツモリカイ?無駄ダヨ、無駄・・・ケケケケ・・・」
真っ黒い体色が、太陽の光を受けて不気味な程に艶めかしく輝いている。
ザッ、ザッと雪の中に足音が響き、それが少女の恐怖感を煽る。
少しずつ、まるで弄ぶように近付いてくる死。
黒い男の口はまるで三日月のようにグネッと曲がって、時折舌が彼自身の唇をレロリと舐める。
あえて少女に追いつかないよう、ゆっくりとした歩調で近付いていく。
そうしている内に、少女が転ぶ。
とっさに男の方を向くが、これで緊張感が途切れたのか足がすくんで立てない。
「・・・・あ・・・あ・・・・・!」
ダメだ、立てない。
足の筋肉が全て麻痺したかのような感覚。
もはや腕さえ動かす事さえ出来ない。
男が追いついた。
その異常に肥大化した片腕の爪が高々と振り下ろされ、光を受けて美しい程に輝いた。
――――・・・ごめん、イオリス。私、死んじゃうかも・・・――――
次の瞬間に響いたのは、肉が裂かれる鈍い音――――ではなかった。
それは、鋭い金属音。
イオリス。
そこに立っていたのは、イオリスだった。
「・・・・イオリス・・・!!!」
思わずこみ上げてくる涙を抑える事も出来ずに零し、彼の姿をただ見る事しか出来なかった。
「・・・リルス。離れてろ」
「・・・うん!」
とっさにその場から走り出すリルス。
黒い男は追おうとともしない。
ただ、その爪をイオリスのカッターに押しつけていた。
「・・・・オヤ、誰カト思ッタラアノ時ノ・・・・・・イオリスッテイウノカイ?」
「・・・・お見知りおきを願いてぇなぁ!」
そう言い放った途端、お互いの武器が同時に弾かれる。
その瞬間、イオリスは感じた。
攻撃が―――重い。
なんと表現したら的確なのか解らない。
そう――とりあえず、攻撃してきた時の衝撃が「重い」。
攻撃にコシが入っている、とでも表現すべきだろうか。
だけど。
今度だけは―――今度だけは、負けられない。
大切な人を、絶対に守り抜く。
自分から積極的に攻撃を仕掛けるイオリス。
しかし、その全てが相手に爪で弾かれる。
どんなに速く、連続で斬りつけても、全て男の爪に吸い込まれるように弾かれてしまう。
見れば、男の顔が笑っている。
・・・・余裕・・?
その瞬間、イオリスは思い出した。
あの時、こいつらと初めて戦った時、ヴェイルがこの男にしていた行動を。
そして、今自分がしている行動と重ねてみる。
――――まずい・・・!!!!!!!!――――
とっさにイオリスが避けるのと、
男が爪に紫の波動を光らせ突進したのはほぼ同時だった。
そう。
「ほぼ同時」。
僅かに、一瞬だけ。
イオリスの回避が遅れた。
男の斬撃は、イオリスの胸にしっかり加えられていた。
唯でさえ鋭いあの爪で、思いっきり、しかもあの重く強い力で斬りつけられた。
当然、イオリスが平気な筈もなく、その場に倒れ込む。
しかし、彼は倒れ込めなかった。
「オォット、勝手ニ気絶サレテモ困ルゼ?」
首に、もの凄い圧力がかかる。
息が詰まるかと思う程の。
「・・・・が・・・・は・・・・!!!!!!」
「・・・・イオリスッ!!」
リルスが叫び、走ろうとする。
しかし、イオリスの目がリルスを捕らえた。
――――来るな・・・――――
イオリスのその目に、ビクリとして立ち止まるリルス。
男がリルスの居る方向をチラッと見、イオリスに話し掛ける。
「・・・ケケケ。安心シナヨ。
アンタガノタレ死ンダ後、アノ可愛イ子チャンモスグニ一緒ニシテアゲルカラヨ・・・・ケケケ・・・・」
「・・・・や・・・やめ・・・・」
声すらまともに出せない。
それに反応したのか、更に首を締め付けられる。
「・・・・ぎ・・・が・・・・ッ・・・」
「・・・アンタモ哀レダネェ。
アノ少女ヲ救ウ事スラ出来ズニ、コノ場で独リ死ンデイクンダゼ?
ナンテ皮肉ナ話ダロウ?ナンテ情ケネェ話ダロウ?
・・・・笑ウシカネェナ・・・ケケケケケケケケケケケケケケケケケ・・・・」
「・・・・・サテ」
男が深呼吸し、イオリスに静かな声で呟く。
「・・・・・・ソロソロ、息ノ根止メテヤルゼ・・・・・ケケケケ・・・・」
ダメだ。
俺は、まだ死ねない。
死など恐ろしくない。
だけど、今死んだらリルスまで確実に殺される。
ダメだ、それだけは絶対に。
俺は・・・絶対にあの子を護る。
心の中で、そう誓ったじゃないか。
だから。
俺は、まだ死ねない。
俺 は 、 ま だ 死 ね な い ッ ッ ・ ・ ・ ・ ! ! ! ! ! !
「うおおおおおあぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」
「・・・ウグオオォォォォァァァッ・・・!!!!!」
「・・・・・グ・・・グウゥゥゥ・・・・ア・・アガッ・・・・ッ・・・・!!!!!!!!!!!!」
腹を押さえて、その場に崩れ込む男。
イオリスも首を抑えて激しく咳き込む。
「・・・・・キッ・・・テメェッ・・・・!!!!!!ヨクモ・・・・・ッ・・・・ガァッ・・・・!!!!!!!!!!!」
男の悲痛な憎しみと痛みの声に返すようにイオリスは言った。
「・・・・俺はまだ死ねない・・・!
俺を慕ってくれる奴がいる・・・・・
俺を親友だと認めてくれた奴がいる・・・!
ロサダ達や、リルスの為に・・・
・・・俺は、まだ死ねないッ!!!!!!」
その瞬間。
イオリスの身体が、青紫色の光に包まれた。
何が起きるのかは自覚できていた。
そして、その予想は外れてはいなかった。
まばゆい閃光が走り、なんとか立ち上がった男が目を瞑る。
閃光が消え、男が目を開けた時。
そこには、イオリスがいた。
だけど――――姿が、変化していた。
銀色の装甲は、美しい程に輝き。
その手に持つ刃は、怪しく艶めかしく煌めき。
そしてその目には、何かを決意したような「何か」が宿り、光が灯っていた。
さ ぁ 、 ゲ ー ム を 始 め よ う
「・・・Let's play a GAME・・・・!!!!!!」
「進化」完