第三十一話「」






「・・・・ケケケケケ・・・・・何処マデ逃ゲルツモリカイ?無駄ダヨ、無駄・・・ケケケケ・・・」


真っ黒い体色が、太陽の光を受けて不気味な程に艶めかしく輝いている。
ザッ、ザッと雪の中に足音が響き、それが少女の恐怖感を煽る。


少しずつ、まるで弄ぶように近付いてくる
黒い男の口はまるで三日月のようにグネッと曲がって、時折舌が彼自身の唇をレロリと舐める。
あえて少女に追いつかないよう、ゆっくりとした歩調で近付いていく。







そうしている内に、少女が転ぶ。
とっさに男の方を向くが、これで緊張感が途切れたのか足がすくんで立てない。











「・・・・あ・・・あ・・・・・!」







ダメだ、立てない。
足の筋肉が全て麻痺したかのような感覚。
もはや腕さえ動かす事さえ出来ない。


男が追いついた。
その異常に肥大化した片腕の爪が高々と振り下ろされ、光を受けて美しい程に輝いた。








































――――・・・ごめん、イオリス。私、死んじゃうかも・・・――――




















次の瞬間に響いたのは、肉が裂かれる鈍い音――――ではなかった。
それは、鋭い金属音。









イオリス。
そこに立っていたのは、イオリスだった。







「・・・・イオリス・・・!!!」

思わずこみ上げてくる涙を抑える事も出来ずに零し、彼の姿をただ見る事しか出来なかった。





「・・・リルス。離れてろ」
「・・・うん!」



とっさにその場から走り出すリルス。
黒い男は追おうとともしない。
ただ、その爪をイオリスのカッターに押しつけていた。




「・・・・オヤ、誰カト思ッタラアノ時ノ・・・・・・イオリスッテイウノカイ?」
「・・・・お見知りおきを願いてぇなぁ!」




そう言い放った途端、お互いの武器が同時に弾かれる。
その瞬間、イオリスは感じた。



攻撃が―――重い。


なんと表現したら的確なのか解らない。
そう――とりあえず、攻撃してきた時の衝撃が「重い」。
攻撃にコシが入っている、とでも表現すべきだろうか。





だけど。
今度だけは―――今度だけは、負けられない。
大切な人を、絶対に守り抜く。





自分から積極的に攻撃を仕掛けるイオリス。
しかし、その全てが相手に爪で弾かれる。
どんなに速く、連続で斬りつけても、全て男の爪に吸い込まれるように弾かれてしまう。



見れば、男の顔が笑っている。



・・・・余裕・・?











その瞬間、イオリスは思い出した。
あの時、こいつらと初めて戦った時、ヴェイルがこの男にしていた行動を。
そして、今自分がしている行動と重ねてみる。







――――まずい・・・!!!!!!!!――――






とっさにイオリスが避けるのと、
男が爪に紫の波動を光らせ突進したのはほぼ同時だった。





そう。
「ほぼ同時」。




僅かに、一瞬だけ。
イオリスの回避が遅れた。








男の斬撃は、イオリスの胸にしっかり加えられていた。
唯でさえ鋭いあの爪で、思いっきり、しかもあの重く強い力で斬りつけられた。



当然、イオリスが平気な筈もなく、その場に倒れ込む。
しかし、彼は倒れ込めなかった。










「オォット、勝手ニ気絶サレテモ困ルゼ?」












首に、もの凄い圧力がかかる。
息が詰まるかと思う程の。



「・・・・が・・・・は・・・・!!!!!!」



「・・・・イオリスッ!!」
リルスが叫び、走ろうとする。
しかし、イオリスの目がリルスを捕らえた。














――――来るな・・・――――











イオリスのその目に、ビクリとして立ち止まるリルス。
男がリルスの居る方向をチラッと見、イオリスに話し掛ける。




「・・・ケケケ。安心シナヨ。
 アンタガノタレ死ンダ後、アノ可愛イ子チャンモスグニ一緒ニシテアゲルカラヨ・・・・ケケケ・・・・」




「・・・・や・・・やめ・・・・」

声すらまともに出せない。
それに反応したのか、更に首を締め付けられる。


「・・・・ぎ・・・が・・・・ッ・・・」







「・・・アンタモ哀レダネェ。
 アノ少女ヲ救ウ事スラ出来ズニ、コノ場で独リ死ンデイクンダゼ?
 ナンテ皮肉ナ話ダロウ?ナンテ情ケネェ話ダロウ?


 ・・・・笑ウシカネェナ・・・ケケケケケケケケケケケケケケケケケ・・・・」















「・・・・・サテ」









男が深呼吸し、イオリスに静かな声で呟く。





















「・・・・・・ソロソロ、息ノ根止メテヤルゼ・・・・・ケケケケ・・・・」





































ダメだ。
俺は、まだ死ねない。


死など恐ろしくない。
だけど、今死んだらリルスまで確実に殺される。

ダメだ、それだけは絶対に。



俺は・・・絶対にあの子を護る。
心の中で、そう誓ったじゃないか。











だから。














俺は、まだ死ねない。































俺 は 、 ま だ 死 ね な い ッ ッ ・ ・ ・ ・ ! ! ! ! ! !












「うおおおおおあぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」






















「・・・ウグオオォォォォァァァッ・・・!!!!!」







「・・・・・グ・・・グウゥゥゥ・・・・ア・・アガッ・・・・ッ・・・・!!!!!!!!!!!!」



腹を押さえて、その場に崩れ込む男。
イオリスも首を抑えて激しく咳き込む。








「・・・・・キッ・・・テメェッ・・・・!!!!!!ヨクモ・・・・・ッ・・・・ガァッ・・・・!!!!!!!!!!!」
































男の悲痛な憎しみと痛みの声に返すようにイオリスは言った。















「・・・・俺はまだ死ねない・・・!
 俺を慕ってくれる奴がいる・・・・・
 俺を親友だと認めてくれた奴がいる・・・!

 ロサダ達や、リルスの為に・・・



 





 ・・・俺は、まだ死ねないッ!!!!!!」






その瞬間。
イオリスの身体が、青紫色の光に包まれた。







何が起きるのかは自覚できていた。
そして、その予想は外れてはいなかった。














まばゆい閃光が走り、なんとか立ち上がった男が目を瞑る。
閃光が消え、男が目を開けた時。






そこには、イオリスがいた。
だけど――――姿が、変化していた。






銀色の装甲は、美しい程に輝き。
その手に持つ刃は、怪しく艶めかしく煌めき。
そしてその目には、何かを決意したような「何か」が宿り、光が灯っていた。

































     さ ぁ 、 ゲ ー ム を 始 め よ う
「・・・Let's play a GAME・・・・!!!!!!」













「進化」完