「・・・ここだよ」
白い部屋の真ん中に、箱のような機械が置かれている。
誰もがその機械の正体を一瞬で察知した。
「この機械の名は、『D-34595』。
さっきも言ったとおり、D細胞投与用の機械だ。
で、ロサダ。お前本当に―――」
「おやぁ?
師匠はしつこく聞くほどねちっこい男だったかな?
俺の記憶では確かサッパリしたハンサムミドルだったような・・」
ロサダの屈託のない笑顔を見て。
ノックスは「・・・わかったよ」と再び微笑い、装置のスイッチを入れた。
「おい、ちょっと待ってくれるか」
イオリスが鋭い目でノックスに詰め寄る。
「?」といわんばかりの顔をして振り返るノックス。
「・・・・あのな。
さっきまでは気付かなかったんだがな。
なんで敵勢力の切り札の筈のD細胞を、アルバ・カテルが持ってるんだい?」
その言葉に、ハッと我に帰る一同。
確かにそうだ。何故、アルバ・カテルが?
「・・・・ふぅ。やっぱり気付かれたか」
ノックスが肩をすぼめてため息をつく。
その後、少し鬱気味に顔を上げ、再びため息。
「・・・・いいよ。ここまで聞かれたら教えてあげよう。
ただし、この事は口外禁止だぞ?
ここまで聞かれたから教えるのであって、本来はアンタらが知らなくて良いことだったんだからな」
「・・・・まずその事を説明するには、
とある事件の事を話さなければならないな・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
イオリスが呆れたような顔をしている。
イオリス以外の全員も、呆れては居ないが、訳が分からないような表情だった。
そのまま言葉をつなげるノックス。
「・・・みんな、今から10年前に起きた大戦の事は知ってるよな」
その言葉に、皆が驚愕し、そして頷く。
まさかここで、その言葉を聞く事になろうなんて、誰が予想し得ただろうか。
ファイナやイオリス、レルクは覚えていた。
その大戦時、村の仲間や住民が死んでいくのを。
辺りに常に漂っていた、血の匂いを。
しかしロサダだけが頷かなかった。
その時のロサダの眼を、ファイナはしっかりと見た。
なんて、遠い目。
死んだ魚のような眼をして。
ファイナ達ではなく、明らかに遠い何処かを見て。
そんなロサダの様子を、何処か過剰とも言えるように心配するノックス。
しかしロサダが反応しない。
「おい、大丈夫かロサダ!おい!」
大声を掛けられ、ハッと我に返るロサダ。
息が荒いまま、「・・・だ、大丈夫。すまないな、心配かけて」と呟く。
「・・・・・すみません、私はその戦争についての知識は・・・」
ヴェイルがノックスに言う。
それはそうだ。何故ならヴェイルはダーカーである。
ダーカー(人によって“造られた”存在)である以上、彼が10年前に存在していたのかすら怪しい。
「・・・アンタ、知らないのか?あの大戦」
意外、というような顔で聞かれるヴェイル。
「・・・・・・所詮私はダーカーですから」
どこか哀しい微笑を浮かべて答えるヴェイル。
顔を上げれば、ノックスが更にとんでもない顔をしていた。
「・・・・何の冗談だ、アンタ?」
ノックスが少し笑いながら更に聞き返す。
しかし直後に、それは何の冗談でも無かった事に気付く。
一瞬の黄色い閃光の後、青年の姿は、紅き眼を持つ龍のような姿へと変わっていた。
「・・・・・冗談では無いという事が解って頂けましたね?」
そう言うと、再びトーアの姿に戻るヴェイル。
ノックスは剣を構えかけていたが、ロサダに止められ、
イオリスに「コイツはダーカーだが、俺達の大切な仲間だ」と言われた。
そして四人がヴェイルに全く警戒していない。
お互いを信頼していると納得し、ノックスは剣を置いた。
そして、ノックスは改めて言う。
「・・・大戦っていうのはな、
昔起こった・・・いわゆる戦争だよ。
いや、厳密には内乱って言ったほうが近いかもしれないが、まぁ大戦と覚えてくれ」
そんな前置きを言った後、一旦息を吐き、そして語り出した。
「・・・・『大戦』。
ジャー・アラル大陸最悪の事件だった。
この戦争は負傷者三万人以上、死者は集計不可能でその他村及び集落が30近く消えた。
今でもこの戦争の事が記憶に焼き付いている者はこの大陸に多い・・・」
そして、ノックスは語り出した。
今から10年前に起こった惨劇を。
今から10年前に起こった悲劇を。
今から10年前に起こった殺戮を。
それから。
ノックスは、語り始めた。
そして。
ヴェイルは、今まで一番、後悔した。
―――――――“聞かなければ、良かった”―――――――
「大戦」完