第二十二章「死闘」

「・・・・まさか、こんなところでアンタと会えるなんて思ってもいなかったぜ」
・・・それはお互い様でしょう」

不敵な笑みを浮かべて話すロサダに、懐かしい友人にでも会ったかのような優しい笑みで返す男。
他の皆から見て、お互いから殺意や敵意は読み取れなかった。


そして急に振り向くロサダ。
ロサダと橙色の男が睨み合っている。

「・・・・・何見てるんだ?」
橙色の男がロサダに対して挑発的な口調で言う。

しかし、それに返答せず、睨み続けるロサダ。




そんな二人をよそに、今度はイオリスとそこに立っているのが許されない筈の男が睨み合っていた。
いや、一方的に睨んでいるという言い方が正しいだろうか。
睨んでいる男は――――アミクス。




そんなアミクスを、哀しそうな目で見つめるイオリス。


「・・・・アンタ、裏切り者だったんだな」
何処か哀しげな口調で話し掛けるイオリス。



その時、アミクスが初めて言葉を発した。







「・・・・・・・・・・・・ああ。私は――――」




そう言い掛けた直後、アミクスは気付いた。
イオリスの目が、さっきとは打って変わって、凄まじい程の怒りを込めた目つきになっているのを。
そしてその瞬間、再び気付いた。
イオリスの姿が自分の視界に無い事を。



























「クッ・・・・!!!!!!!!」



いきなりの空中前転斬撃をギリギリで受け止めるアミクス。
しかしそれでは終わらなかった。

アミクスの爪を土台にし、再び空中で回り続けるイオリス。
お互いの武器が壊れんばかりの凄まじい金属音。


しかしアミクスは油断していた。
武器こそ受け止めたものの、イオリスの属性が何であるか・・・・?













―――――音・・・・!!!!!!!!!!!!――――――









気付いた時には遅かった。
大音量の乾いた金属音が、アミクスの耳に集中する。




「ぐぁあぁッ・・・!!」




すぐにその場から離れたため、鼓膜こそ破れてはいなかった。
しかし、彼の耳からは血が滴っている。






「・・・・・・最初から敵として俺達の前に姿を現したなら、まだ命は助けてやろうと思ったよ」


イオリスが武器のカッターを構えたまま、静かな、けれどとても冷たいで口調で話し続ける。
その目は、もはやいつものイオリスではなかった。

いや、ロサダ達は思った。
こいつは既にいつものイオリスじゃない。
いつも冗談で皆を和ませてくれた愉快な道化師じゃない。




そこにいたのは、イオリスの姿をした――――ダーカーのような男だった。

















「さて、
私たちも始めますか」
ケイムがその爪と爪をこすり合わせながら言う。


「・・・・・・・ああ」
ロサダの笑みが戻り、そして薙刀を構える。



それを合図に、皆が散る。
ヴェイルは黒い龍のような男。
ファイナは橙色の肩幅が広い男。
レルクは巨大な翼が生えた白い龍顔の男。









「・・・ゲームの前に名乗りあうのが礼儀ですね?
 私は、ケイム という者です。どうかお見知りおきを・・・」

「・・・・アルバ・カテル軍・特別上級兵、『死神』
のロサダだ」


その称号に少し驚いたような表情を見せるケイム。
そしてお互い、非常に礼儀良くお辞儀をし、それぞれ五歩離れる。




しばし、沈黙。
お互い真顔で、武器を構えて相手の瞳孔を見つめている。
その瞳孔が一瞬だけ動いた方向に攻撃が来るからだ。
場所を見ずに的確に攻撃してくるなんてまず無理だから。








・・・・?
瞳孔はまったく動いていなかった。
なのに・・・急に頭に衝撃が走った。























「がぁッ・・・・!!!!!」



頭蓋骨がクラッシュしたかしないか程の衝撃。
思わずふらつき、地面に倒れ込むロサダ。



この攻撃軌道。
イオリスの空中前転斬撃と全く同じ。
いや―――それ以上の速さ。



「・・・・流石にエレメントは真似できませんが、技単体ぐらいでしたら・・・・」

爪を構え、体勢を立て直すケイム。




薄れた意識を最大限に使い、ロサダは考えた。
この男の戦闘技術は、俺を普通に超えている。

ならば。
全力で行かねば、確実に殺される。





頭を振り、意識を無理矢理復活させる。
そして落ち着かせ、薙刀を構えて――――――








「うぐっ・・・・」

突然、ファイナの苦痛に呻る声が聞こえる。
とっさに振り向くロサダ。


さっきの橙色の男が、手に持っている、体躯の割には小さい矛を構えていた。
その背後には、ファイナがうつ伏せに倒れている。


血が滴っていない事から、手加減か峰打ちくらいはしたのだろう。
しかしファイナ自身は、腹を打たれたためか呼吸困難状態のようだった。





「エクシム―――ッ!!!!!!!」


無意識に、この橙色の男の名前を口にしていた。
ロサダが薙刀で、この
エクシムという男に斬りかかる。




「――――!?」

いとも簡単に受け止められた。



「・・・・・ロサダ。今の俺は、昔の俺とは違うんだぜ?」
不気味にニヤリと笑い、ロサダの薙刀を弾き飛ばす。


「――クッ・・!!」
すぐさま薙刀が突き立っている方向へ走り出すロサダ。

しかし、そこへ到着する前に急に身体が前に強く倒れる。
なんとさっきまで数メートル離れていたエクシムがすぐ後ろに居た。
片足をロサダの方向に上げている事から、背中からロサダに蹴りこんだのであろう。




「・・・・・お前。一体何があった・・・・!?」
ロサダが起き上がりながら問う。


「・・・・俺は強大なる力を手に入れたんだぜ、ロサダ。
 この力を持ってすれば、お前なんか一瞬で八つ裂きに出来るんだ」
エクシムが、己の身体を眺め、心底心酔しているように話す。






・・・・・強大なる力?・・・・・・












自分の脳に入っている全情報を引っかき回すロサダ。



そして、やっとこさそれらしい情報を思い出す。




















―――――“D細胞”―――――!!!!!!!!







「・・・・・お前・・・・まさかッ・・・・・!!!!!!!!」

「・・・分かった?そのまさか、なんだよ」




その言葉で確信した。
こいつは、もう俺の知っているエクシムじゃない。
自らの身体にD細胞―――人を、ラヒを怪物化させる悪魔の産物―――を注入して、
恐るべき力を手に入れた魔物だ。




「ふっ!!!!!!!」

気合いと共に、薙刀を振り下ろすロサダ。
しかし、これもあっさりとかわされる。
そして前屈みになったロサダの顔に蹴りが飛んできた。



「がぁッ・・・!!!」

避ける間もなく、まるでロケットのように吹き飛ばされるロサダ。
たかが蹴りだけでここまで吹き飛ばせる。
ここでロサダは初めて気付いた。






















『勝てない』









もはや一時撤退しか道はない。
エクシムの方は、息切れ一つせずに首を回し、「コキリ」と音を鳴らしている。

このまま戦ったら確実に殺される。
こればっかりは気合いどうこうで立場が逆転するものではない。




あのアジトで戦ったあの男一人より、よっぽど強い。
そしてあの男でさえ倒すのに五人では足りなかった。

ならば。


その男より強いエクシムに、たとえ五人全員でかかったとしても、まず勝てない。
ましてや、エクシム以外にもアミクスやケイム、その他に龍顔の男が二人居る。








急に、小さい爆発音が連続して聞こえた。

「おや。あの緑色の彼、がんばるなぁ」と一言。
とっさにその方向を見る。










                                 






レルクが、右へ左へ素早く移動しながら蒼い波動の嵐を避けている。
外れた波動が床に落下する。
瞬時にその床
が溶け、表面がツルツルの状態でへこんでいく。



そこで気付く。
あの表面ツルツルの切り株が何だったのかを。
その理由は、もう説明するまでもないだろう。





ヴェイルの方を見れば。




ヴェイルが優勢にようにも見えた。
しかし、よく見ればヴェイルの顔が焦っている。

黒い男は、余裕シャキシャキの様子でヴェイルの大鎌を捌いていく。
まるで遊んでいるようにも見える。





「・・・・・・・ドウシタ?ソノ程度ナノカ?」
その口調は、まるでエコーがかかっているかのような声だった。

「・・・・・黙りなさい・・・!!!!!」
苦し紛れに大鎌を振り回すも、まるで身体に当たらない。




「・・・・モウ飽キタ。決着(ケリ)ツケテヤロウカナ・・・?」
男の目の色が変わった。
さっきの赤子と遊ぶような目つきではなく、殺人者のような、ひどく冷たい目に。




「・・・セイヤアァァァ!!!!!!」




動きが見えなかった。
気付けば、腹部から血を流して倒れ込むヴェイルと、その巨大なクローを紫に光らせている男。


「ヴェイル!大丈夫か!?」
とっさにヴェイルの元へ駆け寄ろうとするも、エクシムがそれを阻止する。


「・・・・お前の相手は、俺だぜ?」







今は相手どころじゃない。
速くここから脱出せねば、皆殺しにされる。










全力の突進でなんとかエクシムを突き飛ばすロサダ。


「おっ・・・少しはやるねぇ・・・・」と呟いている。







すぐさまイオリスの元に駆け寄る。
アミクスが本気を出したのか、イオリスはさっきとは打って変わってボロボロになっていた。



何かを話した後、ロサダが敵の五人の居る方向に向かって走り出した。
そして、全速力で走り、跳び、五人にすれ違いざま斬撃を与える。


五人がそれに反応し、ロサダに一斉に飛び掛かっていく。
いや、一人だけ。


一人だけ、ロサダに攻撃しなかった。



ケイム。
彼だけは、斬られた右腕を押さえ、何かを考えているように目を瞑っていた。






そのスキにイオリスがヴェイル、ファイナを抱える。
そしてレルクに「一時撤退するぞ!」と乱暴に叫び、出口に向かって走り出した。
それに続いて走り出すレルク。



「・・・・おい!ロサダは!?」
「・・・大丈夫だ。今来る!!!」

レルクの問いに、イオリスはぶっきらぼうに答えた。







皆、なんとかこの部屋から脱出できた。
後は、自分が上手く脱出するのみ。



五人の猛攻撃を、時には避け、時にはダメージ覚悟で受けつつも、
ロサダは全速力で出口へ駆けだした。







「逃がすかぁッ!!!!!!!!!!!」



すぐさま後を追おうとする橙色の男。



















急に、その男の方に手がかけられる。
振り向くと―――――ケイム




「・・・・今は。見逃してあげましょう」
「何言ってるんだケイム!
あいつらは・・・」

ケイムの言葉に、すぐさま食って掛かるエクシム。



「・・・・ククク。俺ハ別ニ異議ハ無ェゼ?
 モット修行デモシテ、更ニ強クナッテキテクレレバ、モット面白クナルカラナ・・・」

黒い龍顔の男が、ケラケラと笑いながら言う。



「俺は別に、どっちでも良い」
ずいぶん冷えた口調で話す、白い龍顔の男。

「私も、別に今は生かしておいても良いと思う。
 彼らは、我々の新しい仲間になれる素質がある」




ずっしりとしたその口調。

そしてその言葉に、仕方なくエクシムは黙り込んだ。










「・・・・・なんとか・・・・逃げ切れたな・・・・」


息も絶え絶えのロサダが呟く。
ファイナも、まだ咳はしているが、なんとか回復したようだった。




「・・・・う・・・・」
ヴェイルが意識を取り戻した。


「・・・・大丈夫・・?」
ファイナが寄り添い、ヴェイルの手を取る。




「・・・・ええ。なんとか」
出血しているのにも拘わらず、優しい笑みで返すヴェイル。






「・・・・・あんなに強い奴ら・・・初めて戦ったよ」
イオリスが放心状態で皆に話し掛ける。



「・・・・・・まずは、あいつらになんとか対抗できる術を見つけなきゃな・・・」
半分死んだ目で、レルクがイオリスの言葉に返した。









五人はそのまま、お互いを抱えあいながら、アルバ・カテル本部の方角へ歩いていった。





















そして、その中で。
ロサダが、ある決断をした。



















――――――“D細胞”・・・・。――――――








「死闘」完