第二十章「








――――“その事件”は、まだ終わってはいなかった。










アジトこそ破壊したものの、まだ大陸中にダーカーは残っている。
それら全てを殲滅すれば、全てが終わる。
その日、ロサダ達五人は最後の役目を果たすためにアルバ・カテルの基地を後にした。



「・・・さぁ、最後の仕上げだ。
 大陸中の村を一つずつあたっていこうか」

イオリスが歩きながら皆に話し掛ける。



「あんなヤツを相手に勝ったんだ。
 多分あと残っているのはザコだけだと思うがな」
ロサダが皮肉っぽく呟く。
レルクも自身あり気にナイフを指で器用にクルクルと回している。



そこでファイナが言う。

「・・・でも、こうしている間にも、
 何処かの村が襲われてるかもしれないんだよ?
 先を急ごう!」




「・・・当然です」
ヴェイルはそれだけ呟いて、再び黙り込んだ





「・・・ま、大丈夫だろ♪」

いつもと変わらず楽天的な雰囲気を纏うイオリスのその言葉で、皆は久しぶりに笑顔になった。
ここ最近、あの男の凄惨な最期がずっと頭に焼き付いて離れなかったのだ。
事実ファイナなどは、時々あの光景を思い出す度に吐いていた。




ザドヴァからも、この残ったダーカー殲滅の役目を「アルバ・カテルのメンバーとして」遂行して欲しいとのご要望だ。
それに、ファイナやイオリスなどは自らのコードネームは満更でもなかった。
残りの三人はどう思っているのか、想像もつかなかったが。








ロサダ達がまず最初に訪れた村。
それは―――ファイナの故郷、アリャ・ト村だった。


ファイナは複雑な心境だった。
自分はこの村から追放された身。
果たして村長は、私がこの村に入る事を許してくれるのだろうか。


そんなファイナの心境を知ったのか、ロサダはまず最初に村長の家に向かうつもりだった。
まずはもう一度、ファイナ及び自分達がこの村に滞在する事を許可してもらわねばならなかった。









村に到着して、全員は目を疑った。
そこは最早、村と呼べるのかすら疑わしかった。




建物は全て破壊され、残っていたのは瓦礫だけ。
木は焼け、あちこちから煙が上がっている。


「煙が上がってるちゅう事は、これは最近やられたもんだな・・・」
レルクが額に汗を流しながらも冷静に分析する。





「お嬢ちゃんッ!?」
とっさに後ろを振り向くロサダとヴェイル。
ファイナが倒れ掛け、イオリスがそれを支えていた。




「・・・・もう嫌・・・・なんで・・・・・この村まで・・・・・・・」


頭を抱えて震え出すファイナ。
とうとうしゃがみこみ、震えながら動こうとしなくなった。


「・・・ファイナ。立ってくれ」
「・・・・嫌。もう・・・全部、嫌・・・・・・・・」


もはや全員が感づいていた。
あの恐ろしい怪物のような男との戦い、そしてその男の凄惨な死、そして故郷の破壊。
確実に、一歩ずつ、それらはファイナの精神力を削り取っていた。


そして今。――――限界が来たらしかった。
もはや立ち上がる事すら出来なかった。








「嫌ァ・・・・嫌嫌嫌嫌ァァァッ・・・・・」





















その瞬間、何かが弾けるような音がした。
ファイナ
の頬が赤く腫れている。
そのまま尻餅をついて転ぶファイナ。

見れば、ヴェイルの手も赤くなっていた。
それで皆が何が起こったのかを察した。


「おい、ヴェイル!アンタ何やってんだよ!?」
レルクがヴェイルに掴みかかる。

レルクの肩に、ロサダの手が置かれる。
ロサダのなんとも言えない視線に、すごむレルク。













そんなレルクを尻目に、ヴェイルはファイナに歩み寄り、彼女の側にしゃがみこむ。





「・・・・聞いて下さい、ファイナさん。
 貴女の村は、こんな見るも無惨な状態にされてしまいました。
 こんなに。跡形もないような酷い有様にです。


 ・・・貴女は、何とも思わないのですか?」




その問いかけに、ファイナが涙を流しながら答える。






「・・・そんなわけないよ・・・・悔しいよ・・・
 私はまた・・・大切な人たちを救えなかった。
 また・・・失敗を犯してしまった。

 


 私は・・・・トーアなんかじゃない。
 私は・・・ただの無力な・・・・哀しいほど無力な、ただの馬鹿女だよ・・・」








その瞬間、ヴェイルがしっかりとファイナの肩を掴んだ。
ビクリとするファイナ。それを見つめるヴェイル。
そしてヴェイルが口を開いた。








「罪は、償えます。
 この世に、償えない罪など・・・ないんです。


 貴女には・・・まだ救いがある。
 この大切な故郷をこんな廃墟にしてくれた、あの怪物共を・・・倒す。
 それが貴女に残された、たった一つの罪滅ぼしの方法では・・・・ないのですか?」


















静寂。
安堵感と、緊迫感が混じったような、なんとも言えない静寂だった。



その静寂を、ファイナ自身が破った。













「・・・・・・うん。




 ・・・・・・私・・・・やり遂げてみせる。
 たとえこの命が削られても・・・・頑張る・・・・!!」












さっきの口調からは想像も出来ない、とても力強い口調だった。
その口調同様に、ヴェイルの腕を握り返す力も、思いの外強いものだった。

目に涙こそ浮かべていたものの、肝心のその目は迷いを捨てたような目。
そして、ゆっくりと立ち上がるファイナ―――――。











「・・・・もう、迷わない」






その一言に、皆が笑顔で返す。
その笑顔は、とても優しいものだった。






「・・・・行くぞ」
イオリスの一言で、空気が元通りとなる。
そして五人は軽くなりはしなかったが、重い何かが外れたような足取りで再び歩き始めた。












「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・・」


一人のマトランが走っている。
何かから全力で逃げているようにも見える。
息は弾みに弾み、いつ心臓麻痺が来てもおかしくない程に荒い息をしていた。




「・・・・・ぁ・・・・・」


走るに走って、気付けば目の前に“ソレ”がいた。
もはや彼の体力は限界を超えていた。足さえ、もう痙攣して言う事を聞かなかった。






「・・・・・い・・・・いやだ・・・・死にたくない・・・・!!!!!!!」



“ソレ”はゆっくりと彼に歩み寄り―――黒い筒のようなものの穴を、彼に向けた。
“ソレ”の眼は蒼く光り、非常に冷たい眼をしていた。
それは、見る者によっては美しくも見えるほどに輝いていた。



























「・・・・・いやだ・・・いやだァァァァァァァッ!!!!!!!!!!!」

















彼の悲痛な叫びと同時に、爆発音のような音が辺りに鳴り響く。
気付けば、彼の頭は吹き飛び、辺りには血が放射状に飛び散っていた。




“ソレ”は、彼の無惨な死体に目もくれずに後ろを振り向き、
そのまま森に向かって歩き続けていった。












その蒼い眼を、冷たく――――けれど、美しく輝かせながら。










「決意」完