怪物を前に吹っ飛ばした男は、頭を搔きながらそこに立っていた。
赤と鋼色の鎧。手にした大振りの薙刀。
力強いとは言い難い体躯。






男がファイナに歩み寄ってくる。
倒れたファイナに手を貸し、起こさせる。

「貴方は、何者なの・・・?」

ファイナが恐る恐る聞く。
男は、少し呆れた様に言った。

???「トーア。職業は傭兵。見て分からんか?」
ファイナ「いや、そういう事じゃ無くて・・・・」

???「・・・・・・・・・・・はいはい、分かってる。」

話が長くなりそうなのに気付いたのか、即座に返答する男。
この男の性格が少し読めたファイナは複雑な気分だった。


???「俺の名前は、ロサダ。・・・・・・これで満足かい?」



ファイナ「・・・ロサダ・・・・」

読めた性格に反して、思ったより綺麗な名前。
少女が、ロサダという男に更に話し掛けようとした時、

ロサダ「おっと、綺麗なお嬢ちゃんとお話している場合じゃ無いようだな・・・;」
ファイナ「!」


怪物がとうとう頭に来てしまったのか、恐ろしい声を上げている。
きっと心の中では「この野郎、ぶっ殺してやる!」とでも思っているに違いない。
しかし、それを見てビビりもしないロサダ。

何故こんな怪物を見て平気でいられるのか。
彼女自身、こんな怪物を見た事が無いからなのか。


・・・・・・・・・それとも、見慣れているのか・・・・?


急に猛スピードで突進して来る怪物。
そのスタンガンはバチバチと火花を散らしている。

その瞬間、怪物が進行方向とは逆の方向に吹っ飛ぶ。
薙刀を構え直し、気合いを溜めるロサダ。





ロサダ「本当は嬢ちゃんに戦い方ってのを教えたいんだが、
             今は面倒くさいから一発で決めちまうかな・・;」









ロサダ「ハアァァァァァァッ・・・・・」


薙刀に、赤い波動が集まっていく。
その光は、だんだんと眩しく、そして大きくなっていく。
怪物の方は、今まで見たことの無い光に、本能的に恐れをなして後ずさりする始末。









何の前触れも無く、急に猛スピードで怪物に突進して行くロサダ。
光は大きくなり続け、はちきれんばかりに膨らんでいく。


そして、ファイナが目をこすった、その瞬間――――――――――




























ロサダ「ブレイジングフレイム!!!!」





















その場に響くは、強烈な爆発音と、怪物の凄まじい悲鳴。

怪物の肉片が飛び散っても、血液が吹き飛んでも物ともしないロサダ。
しかし、戦いを見慣れていないマトランにとって、
肉片と血液が飛び散るなどショッキングな光景そのもの。

カーテは、尻餅を着いたまま、口をあんぐりを開けて唖然としていた。
そんなカーテを心配しつつ、ロサダを見るファイナ。



こんな事は日常茶飯事だと言うように、飛んできた血液を素手で拭くロサダ。


その仕草から、やっと彼が歴戦の勇士だと分かったファイナ。
しかし、それでも腑に落ちない事があった。

いくら歴戦の勇士とは言え、あんな怪物を見てビクリともしない。
さっきから聞きたかった質問を、ついに口に出してみる勇気を持ったファイナ。


ファイナ「ひとつ聞くけど・・・・。」

その声に反応し、男が面倒臭そうに振り向く。



ロサダ「・・・・何だ?」

明らかに面倒臭いと分かる口調で喋るロサダ。







ファイナ「・・・・・・・・・・・。」

黙りこくるファイナ。

何を躊躇っている。さっきこの質問をする決心をした筈だ。


ロサダも、ファイナの黙り方が普通では無いのに気付き、顔付きが真剣になる。





・・・・・・・・・そして、彼女は口を開いた。


























ファイナ「貴方は、あんな怪物みたいなのを

                 前にも見た事があるの・・・・?」



その質問に、躊躇する事無く、アッサリ答えるロサダ。

ロサダ「・・・・・ああ。
見慣れてる。
                  それがどうした?」



ファイナ「・・・・・・・・・・。」

無言で、ゆっくりと剣を構えるファイナ。
悪人で無くとも、少なくとも警戒すべき相手ではある。
たとえ少女だとしても、トーアとしての経験が彼女にそう告げていた。





















ロサダ「・・・・・・何のつもりだ。」








そこで彼女は、初めてこの男に警戒感では無く危険感を感じる。
さっきまでと目が違う。自分に盾突いてくる邪魔者に向けるその目は、

見る者に「死神」を連想させるような、重く、冷たい、恐ろしい目。


そして彼女が、更に恐怖に駆られるような記憶が有る。
随分と新しい記憶である。

この男自身がさりげなく言った、「自分の職業」。





・・・・・・・傭兵・・・・・・・・・





相手は傭兵。しかもさっき悟った様に、歴戦の勇士。
ここでも、既に勘が鋭い者には分かる。






・・・・・そう、相手は少なくとも、人を殺している可能性すら有るのだ。


いや、可能性なんて物じゃない。
そう、傭兵なんてものは、










金さえ与えられれば、人を殺す任務くらい平然とやってのけるのだ。


むしろ、それぐらい出来ないと傭兵として扱われないのである。

・・・・・・もう、説明は不要であろう。





彼は、ベテランの傭兵。人一人ぐらい既に殺しているはずなのだ。

















ファイナの、剣を構える手が震えている。
必死に止めようとするも止まらない。
いや、止められる筈が無いのだ。

「恐怖」という、生物の本能なのだから。




















ファイナの手から剣が落ちる。
カーテと同じように、地面に尻餅を着く。

初めて目の前にする真の「死の恐怖」に、彼女はすっかり打ちのめされていた。


男が薙刀を片手にゆっくりと歩み寄ってくる。
その目はやはり冷たいまま・・・・・・・・

カーテがファイナを心配し、側に寄ってくる。
そこで初めて気付くファイナ。





















カーテの手が震えている。
その事を悟られまいと必死にロサダを睨む顔を崩さない少女。

カーテのその姿を見て、ファイナは自分に落胆していた。



さっき、見たこともない怪物に急に襲われたのに。

そしてその怪物に、親友を目の前で殺されたのに。

更にそのすぐ後、得体の知れない男に睨まれているのに。

彼女くらいの少女なら泣いてしまうほどの状況なのに。














・・・・・・・・いや、何を言っている?


自分の言っている事の何かが矛盾している。

矛盾しているのは分かっている。しかしそれが何か分かっていない自分。




そして、それを知ってしまうと、何が恐ろしい事になりそうな気がする。








自分は、この村を守護するトーア。

この村は自分の故郷。だから、この村の人達には手を出させないと誓った筈なのに。


まんまと現れた怪物に、村の人を殺されているでは無いか。

しかも自分が駆けつけたのは、その少年が喰い殺された後。










そこまで考えて、ファイナはやっと自分の犯した過ちに気付く。


















自分は、村人を絶対護ると誓っておきながら、
あの怪物に村人を多数殺されているではないか。

しかも、ついさっきも。











もはや立ち上がる気力さえ残っていなかった。

ドサリと地面に倒れ込むファイナ。

カーテが、何が起こったと言わんばかりにファイナを心配する。

しかし、半開きになった彼女の目には既に生気すら無かった。










自分の意識が薄れていくのが、自分でも分かった。

自分の名前を必死に呼んでくれる少女。

目の前の景色がどんどん薄れていく。






「このまま死ねたらどんなに楽か」

彼女は薄れゆく意識の中で、そう思った。































自分の体が誰かに持ち上げられ、楽な体制になる。

誰かに抱かれていると、そこで初めて分かった。



彼女の意識が途切れる直前、彼女が見たものは、





































自分を抱いて歩いている、あの赤い傭兵の顔だった。










「死神」 終