第十六話「集結」

朝。
鳥のなく声が木霊している。
そんな朝、ファイナはイオリスに起こされた。

「・・・・お嬢ちゃん、起きなよ・・・」
「・・・んー?・・・もぅ朝なのー・・・?」

そう言い残して再びベッドに倒れ込むファイナに、イオリスが更に口を開く。

「あの黒い・・・ザドヴァって人が、大事な話があるから起きてくれってさ」
「あぅ〜・・・ぅ〜・・・・;」

可愛い唸り声を上げ、ベッドから降りるファイナ。
肩飾りを身に付け、剣を取る。


気付けば、イオリスはもう既に部屋から出て行ってしまっていた。






「みんな、揃ったようだね・・・」


アルバ・カテル特別会議室に、6人が集合している。
まだ眠いのか、ファイナやレルクは欠伸をしつつ目が死んでいた。
ロサダは数分前から来ていたようで、段差に腰掛けながら足をブラブラさせて鼻歌を歌っている。



「みんな、ダーカー・・・って言葉は知ってるよね?」
ザドヴァが、いつになく重い雰囲気の声で話す。

当然、ここにいる全ての者が、「ダーカー」はどんな存在なのかを知っている。
ロサダとレルクはアルバ・カテルのメンバーだから。
イオリスとファイナは、戦った事があるから。

ヴェイルは―――ダーカーそのもの、だから。




そして次の瞬間。
ザドヴァが口にした言葉に、皆が耳を疑った。





「ダーカーを造り出した―――いわば、ここ最近起きている失踪事件の黒幕

  ―――――その黒幕の正体が解ったんだよ・・・」









沈黙。
人は、聞いたもの・見たものの内容を理解して初めて行動できる。
何故か、この言葉の内容を理解することだけは、非常に遅く感じられた。







「・・・・詳しく聞かせてくれよ、ザドヴァさんッ!!」
眠気も吹っ飛んだレルクがザドヴァに詰め寄りながら叫ぶ。
「まぁ落ち着いてよレルク君;」と、ザドヴァがレルクを手で押し返す。

「じゃぁ・・・ご要望に応じて話すけど・・・」
その瞬間、ザドヴァの目が不気味なほどに鋭くなる。
その目は、いつもの和やかなおじさんではなかった。

その目は―――歴とした、アルバ・カテルのメンバーという、一人の戦士の目だった。


その場の空気が張り詰める。









「ダーカー。ここ最近多発しているマトラン失踪事件の元凶と思われる怪物だ。
 実際に姿を見たのは、喰われたマトラン達と、君たちと、アルバ・カテルのメンバーだけだ。
 
この前の事件みたいに、小さい奴らが集団で襲ってくる事も時々ある」

ザドヴァが坦々と話し続ける。
皆は何も言わずに、黙って聞いている。




「そして、アルバ・カテルが、その小さいダーカーの死骸を回収して調査してみたんだよ。
 そしたら・・・・どうだったと思う?」

「さぁ・・?」
イオリスが肩を少し上げながら返す。






「最初にその事が解った時、アルバ・カテル内では大騒動になったよ。
 まさか、と思ったね。そんな事、ありえないと思ってた。だけど、その悪夢は現実となってしまったんだよ」



空気が更に張り詰める。
そして数秒の間をあけて―――ザドヴァが口を開いた。












「そのダーカーの死骸から、とある細胞が発見されたんだ。
 その細胞は、ダーカー以外のどんな生物からも見つけられなかった。
 

 
 ・・・それもそのはず、
 それは、『明らかに人によって造られた、決して自然には生まれない細胞』
だったんだ。
 そしてアルバ・カテルは、その細胞をこう名付けた。

 

 ―――――“D細胞
ってね」









「・・・・そのD細胞とやらについて・・・・もっと詳しく聞かせてくれないか」
イオリスが、皆の意見を代表して言う。




「・・・D細胞。DはダーカーのD。
 ダーカーの体内に含まれる、特殊な人工細胞。
 
 アルバ・カテルの遺伝子研究部隊「ヴィタエ・クシ」は、その細胞をネズミに注入する実験を行った。
 







 ・・・・その結果、ネズミの体が変化し、怪物のような姿になってしまった。
 そしてその瞬間、誰もが気付いた。―――何者かが、この細胞を利用して生物兵器を造っている、と。」





そこでヴェイルが口を挟む。

「・・・・まさか・・・・その生物兵器・・・・というのは・・・」







「・・・そう。その生物兵器こそが――ダーカーだったんだよ」














その瞬間、ヴェイルが悲鳴を上げ、頭を抱えて床に倒れ込んだ。
うなり声を上げ、震えながら、目を充血させている。



そんなヴェイルを優しく抱くファイナ。
「・・・大丈夫。あなたは化け物なんかじゃない。
 あなたは私たちの仲間なんだから。あなたは、私の大切な人なんだから――」



ヴェイルが、目から涙をこぼしていた。
ファイナの腕の中で、声も上げずに涙だけを流していた。











その様子を見て――ザドヴァはヴェイルが何者なのか悟ったような表情をしていた。


「もう、落ち着いたか?」
「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

イオリスの問いに、本当に申し訳なさそうに返すヴェイル。





「さて、気を取り直して、
 今度は君たちに頼みたい事があるんだ」


皆が、耳をすませる。
さぁ、何を頼もうというんだ?と。





「君たちに、臨時のアルバ・カテルのメンバーとして、ある役目を果たして貰いたい」




「え!? アルバ・カテルのメンバーに?」
ファイナが、半分不安で半分期待の目でザドヴァを見つめている。

「いいぜ。何事も経験だからな♪」
あっさりと承知するイオリス。
ファイナはあの反応から多分OKだろう。
ヴェイルは、「・・・是非とも」との答え。




「で?その役目ってのは?」とロサダ。



「うん。それなんだけどね。


 アルバ・カテルは、D細胞を使って事件を引き起こしている、とあるマフィアのアジトを突き止めた。
 君達には、そのマフィアのアジトに突入して、マフィアを壊滅させてほしいんだ」


「それは無理だな。
 実質的に、そのマフィアのアジトはダーカーの巣だ。
 当然マフィアのメンバーの他にも、ダーカーがごろごろしているだろう。
 俺達5人だけじゃ、まず捕まってシチューにでもされちまうだろうな」

イオリスが、少し皮肉めいた口調で話す。



「そういうだろうと思って――いわゆるお供っぽい人たちを同行させてもらう事にしてたんだよ♪
 入ってきてちょーだいな♪」


ザドヴァの声に反応するかのように、
3人がドアを開けて入ってきた。




「あ、フォンス!」とレルク。
「また会いましたね、レルク」と、軽く挨拶を返すフォンス。



「紹介するね。
向かって左、一番背の高い黒い人は、
「黒将」アミクス
真ん中は・・・もうみんな知ってると思うけど、
湾剣」フォンス
そして向かって右、大きな剣を持ってる人は、
鉄神」ノックス
この3人は、戦闘技術・能力に特化したプロフェッショナルで、正直言ってかなり強いんだよ♪」

「ちょっと待った!
 アルバ・カテルのメンバーってコードネームが貰えるんでしょ?
 私たちには無いのかな?」とファイナ。


「そうだなぁ・・・・
 「水龍」のファイナ。
 「音霊」のイオリス。
 「雷帝」のヴェイル―――っていうのはどうかな?」


ファイナは格好いいとわめき、
イオリスは「悪くない」という意見。
ヴェイルは何も言わなかったが、否定してないという事にされた。




「・・・?」
ファイナが、ロサダが神でも見たような顔をしているのに気付いた。

そしてロサダが呟く。



「・・・・し・・・師匠!

え。
誰だよ、ロサダの師匠って。



「おう、久しぶりだな、ロサダ。元気にしてたか?」
そう返したのは―――大きな剣を持つ・・・ノックスとかいう男。

目の前にいるノックスという男が、ロサダの師匠。





皆、その事実に対して驚かなかった。
ロサダも人間、神なんかじゃない。師匠がいてもおかしくなかったから。


だけど、あのロサダの師匠というくらいだから、もの凄く強いらしい事だけは理解できた。







しかし、アミクスがさっきから何も喋らない。無口なのだろうか。
ファイナはそんな事を考えていた。


そこでザドヴァが更に話す。




「そして・・・もう一人。お供を用意させてもらったよ。 みんな、こっち来てくれるかな」




ザドヴァが部屋から出て行く。
皆がその後を追った。



そこは、氷と霜に覆われた部屋。
とても寒い。
地上にあった雪原より更に寒い。



「しゃむぅい〜・・・はゎゎゎ・・・・」
ファイナが震えている。


しかし、歩いていく内、壁にあったソレを見つけた瞬間、その寒ささえも吹っ飛んだ。






・・・・何かのカプセルだろうか。
蒼いガラスの向こうに、誰かが居る。ピクリとも動かない。

ザドヴァが、その横にあったボタンを押す。




プシュウ、と音を立てた後、更にガチャリという音を立てて、蒼いガラスのようなものが下に収納されていく。
そして、これが最後のロックなのか、カプセルらしきものの上下か移動して入れ替わり、その瞬間ガチャリという音がした。

そして。

誰かが、壁の氷に埋め込まれていた。



そして、その「誰か」の目が黄緑に光り、動き出した。
その瞬間、ファイナは彼が人間ではない事に気付いた。

動く時、あからさまに関節から機械音がする。
その目すら、明らかな水晶だった。



「彼」は壁にあった大薙刀をむしり取り、床に降り立った。


「・・・・何の用なの?ザドヴァさん」
「彼」が言葉を発する事ができたのにも驚いたが、その動作が人間らしい事にも驚くファイナ。



「よっ、メイスよく眠れたか?」
「もう飽きるほど眠ったよ。・・・どうせ今回の役目が終わった後も眠らなきゃならないんでしょ?」

「・・・・うん。ごめんね」
「いいよ。ザドヴァさんが謝るような事じゃない。僕の事なんだから。むしろ・・・ありがとうザドヴァさん・・・」


「・・・・さ、今から君をみんなに紹介するからさ」
「・・・わかった」



この男――そもそも人間なのか――の名前はメイスというらしい。
そのメイスが、皆の前に立ち、お辞儀をする。機械音は変わらない。




「紹介するね。
 この人は
アルバ・カテル軍・特別上級兵「鎧炎」メイスっていうんだ」


アルバ・カテル軍・特別上級兵。

ロサダも所属している役職。
つまり――この人も、歴戦の戦士。




「・・・みなさん、はじめまして。僕はメイスと言います」
メイスが、再びお辞儀をした。







それからザドヴァは、メイスに今回の役目を話した。
おそらく10分もかからなかったであろう。

話し終わり、メイスがみんなの集まっているところへ来る。



「・・・・今回の件、宜しくお願いしますね」





「おう!よろしくな坊や」
イオリスが、メイスの肩をポンと叩く。


皆が微笑った。
人間じゃないから仲間じゃないなんてことは無い。それはみんなも同じだった。













「みんな、このメンバーで異議は無いようだね♪」

ザドヴァの問いに、皆が笑顔で返す。
そして悟った。この表情は「YES」の返答であると。









そして―――、ザドヴァが口調を変え、大声で叫んだ。

















『水龍』
のファイナ!
 疾風
のレルク!
 『黒将』のアミクス!
 『音霊』
のイオリス!
 『雷帝』のヴェイル!
 『鉄神』のノックス!
 『湾剣』のフォンス!

 『鎧炎』のメイス!


 そして―――

 
 
『死神』のロサダ!!

 以上九人を、マフィア撃滅隊として任命する!!!!
 十日後、マフィアのアジトに突撃せよ!!!」















「集結」完