第十三話「過去」

ロサダ達がオーフ・オクイ村を出てから数日後。
5人は広大な草原を突き進んでいた。
時々すれ違うマトランやトーア達に、「ダーカー」という生き物を知らないか、と質問をするも
どれも答えは「聞いたことないなぁ」―――だった。



おそらく5,6回目の「聞いたことないなぁ」を聞いてから数十分後、
ファイナが口を開いた。




「ねぇ・・・ロサダ」
すぐに「ん?なんだ?」と返すロサダ。
そこでロサダは久しぶりに見た。




ファイナと初めて出会った時に見た―――
彼女の真剣な眼差しを。





「・・・・・なんだ」
ロサダの目も真剣になる。ファイナがこれから話す事はマジだ――とでも悟ったのだろう。
その雰囲気は独特というか、異様というか、とにかくそんな雰囲気だった。
その雰囲気に呑まれて、他の3人も真剣な目つきになる。

そしてファイナが――口を開いた。










「・・・・ロサダ。あなた・・・
     昔、何があったの・・・?」






更に異様な雰囲気。
ロサダがその雰囲気を壊す事なく口を開く。





「何があった・・・って・・・何の事だ?」
ロサダが返す。
演技はかなり上手だったが、いくら上手でも彼の動揺を皆が悟っていた。

そしてファイナが更に追い打ちをかける。




「今までマトランやトーア達に『ダーカーって知ってる?』って聞いてきたけど・・・
    誰もその怪物を意味している単語を知らなかった。だけどロサダは知ってた。

  





・・・・貴方は、何者なの・・・?」






長い沈黙。
何も聞こえない、静寂。
何故か草の揺れる音すら聞こえなかった。

ロサダが――苦虫を噛み潰したような顔をしている。
ファイナは、彼のそんな表情を見たのは初めてだった。








「・・・・・アルバ・カテル・・・・」






ロサダが、フォンスやレルクの所属しているという組織の名前を何の前触れなしに呟いた。
その一言に、レルクが何かを思い出したように顔を歪め、下を向く。

その反応を、イオリスだけは見逃さなかった。
しかし、イオリスは何も言わない。
「・・・何か、あったのか・・・?」とでも言いたげな目をしているが、それを口にしない。

何故なら――今、ロサダが何かを告白しようとしているのを感じ取ったから。
その状態でロサダ以外の人物に事を聞いてしまったら――――もはや、それ以上は何も言うまい。














「・・・・・
・俺は、傭兵。それは分かるよな・・?」


ファイナや皆が頷く。
更にすこし躊躇い気味に話し続けるロサダ。


「・・・・でも・・・俺はただの傭兵じゃ無い。
 俺は、アルバ・カテル専属の傭兵なんだよ。」

「アルバ・カテル専属の・・・?」

そしてファイナが聞き返す。
今度はロサダが頷く。







そして――ロサダは言った。













「アルバ・カテル。大陸を事実的に支配、そして統制している巨大組織。
          ・・・・・・俺の正体は、
アルバ・カテル軍・特別上級兵なんだよ。」










「・・・・・・・・!?」

イオリスが、怪物でも見たような顔をしてロサダを見つめている。
ファイナは政治どうこうは知らない為、ロサダの役職がどういうものなのか理解できなかった。


「・・・・アルバ・カテル軍・特別上級兵」
レルクが前に進み出て、ファイナに説明する。



「アルバ・カテル軍が関係した戦争等で、敵の兵などを大量に始末・
 
または敵軍制圧に大きく役立った等の手柄を立てた者に与えられる称号だ。
 本当に――本当に大きな手柄を立てた者じゃないと
与えられないけどな・・・」

「ふうん・・・・」


ファイナが納得したような表情で頷く。
そしてその瞬間―――目を丸くし、衝撃の表情に顔を変える。






「・・・・・え・・・?始末・・・?」




そしてファイナは、自分が何故驚いているのか疑問に思った。


ロサダと初めて会った時、彼は人を手に掛けた事を否定していなかった。
つまり――ロサダは最初から殺人者。

そう、
ヒトゴロシ。





解ってる。
ロサダは最初っから殺人者だって事。

だけど――それが信じられない。
いや、信じたくないだけ。

いくらアルバ・カテルに認められている殺人だからって、殺人は殺人。





今まで一緒に旅をしてきて、ロサダ自身も、ファイナやイオリス達を「仲間」と信じている。
そしてファイナ自身も、ロサダを「仲間」だと信じている。





そう。
やはり―――信じたくないだけ。




信頼していた仲間が、殺人者である事を否定したいだけ。










そう、タダ、ソレダケ――――――――――――――――――――
















「・・・・・すまん、これから先は――今はまだ、話す決心がつかない・・・」









ロサダが、どこか哀しそうな目でそう呟いた。

「・・・あまり無理をする必要はありません。決心がついたら、いつでもお話して下さい」
ヴェイルが、彼をフォローするように、微笑んで言った。

そして、
「・・・人には誰しも語りたくない過去というのはある。
 別に決心がつかなければ、話さなくてもいいんだ、ロサダ」

イオリスも微笑んでロサダに話し掛ける。




ファイナは、皆の顔を見回した。




皆が微笑んでる。
皆がロサダを受け入れている。




















皆の笑顔を見て――不安は消し飛んだ。
もう、何も迷わない。
ロサダは、私たちの仲間だから。



私は、「大量殺人者」と旅をしたいんじゃない。
私は、ロサダという仲間と旅をしたいんだ。







大丈夫。
仲間に、今も昔も関係ない。




















レルクが急に言い出した。
「あぁ、あと本題が解ってなかったな。
 何故ロサダがダーカーという単語を知っていたのか・・・」

皆が「それを忘れてたなぁ!」と大笑いする。
ファイナも笑う。笑うと楽しいから。



そしてレルクは、非常に簡単な答えを言い放った。




「ダーカーという名は、あの化け物達に付けられた種族名だ。
 アルバ・カテルのメンバー、及びかなり役職の高い兵とかにしかその単語の意味を教えられてないから、
 他の者には解らなかったんだ」







「・・・・それだけ、ですか」
ファイナが聞き返す。あきれ顔で。

「はい」
レルクが笑みで返す。





はいじゃねえよ。
半分安堵で、半分呆れたような感情のファイナ。
でも――もうなんでもいい。








仲間達と一緒に旅ができるなら。













ヴェイルに「ファイナさーん!早く来てくださーい!!」と大声で呼ばれ、
ファイナは微笑みながら皆の元へ走っていった。





コツコツと、足音が聞こえる。
その手には―――大剣。
かなり重たそうにしているが、どうやらその剣に愛着を感じているらしい、持っていてだるそうな表情は見せない。


そこは――一面、銀色の壁と床。
そして、壁には歩兵携帯のロケットランチャーがぎっしり、更に接近用武器が掛けられている。




「・・・・怪物を見慣れてきたような気がするな・・・
  ま、
毎日毎日あんな怪物と戦ってたらおかしくもなる・・・・」



ふぅ、とため息をついて。
その男は自動スライドドアの向こうに消えていった。
































「今頃、ロサダはどうしてるやら・・・」













そう、呟きながら。




















「過去」完