第十二話「

走る音が聞こえる。
白い青年がファイナを抱いて、建物の中へ駆け込んでいく。
ファイナの腕からは血が出、息は荒かった。



建物の中に入ると、そこにはマトラン達がいた。
おそらく村の住民達であろう。皆ファイナを見て心配そうな顔をしていた。


「ここなら・・・・安全ですね・・・・」
ファイナの腕に包帯を巻き、部屋にあった粗末なベッドにファイナを寝かせる。
マトラン達が「アイツらにやられたんだな・・・・可哀相に・・・」と呟いている。




「どきなッ!!」


マトラン達を押しのけて、鎧で武装した老婆がファイナに歩み寄る。

「メルさん!」
マトラン達がざわめく。おそらくこの老婆は長老なのであろう。

老婆がファイナの腕をとり、握りしめる。
「アンタ、これくらいで死ぬんじゃないよ!アンタは私と違ってまだ若いんだからなッ!!」
優しさと、威厳に満ちた母のような声と表情で、ファイナに話し掛ける。

ファイナは、苦痛に顔をゆがめて、荒い息をしていた。

「・・・・仕方有りません。私に任せて下さい・・・」
白い青年――フォンス――が、老婆をもの凄く丁寧に押しのけてファイナの腕に手を添える。


キイイイィィィィン・・・



フォンスの手元が水色に光った瞬間、ファイナが身体をビクンとさせ、更に息が荒くなる。
フォンスは精神を集中させ、その目をファイナの腕から離さなかった。
どんどんファイナの息が荒くなっていく。そして―――





光が消え、フォンスが手を離す。
ファイナの腕の傷は、跡形もなく治っていた。

――フォンスの扱う属性は「酸素」。
    一時的にファイナに酸素を送り、血液の流れを早くして傷の治りを早くしたのだった。――


マトラン達が、驚きの声でざわめく間に、ファイナは力尽きたようにガクンと首を落とし、深呼吸しながら眠っていた。

マトラン達がざわめき続ける。
この男はスピリットだ。怪物だ。
そんなささやき声が、マトラン達の間を飛び交っていた。






「お黙りィッ!!」


マトラン達の声を、老婆が制す。
老婆はそのまま話し続ける。

「スピリットがなんだい!何が化け物だッ!!
 こいつらは化け物なんかじゃない!トーアだ!
 次からそんな事を言ってみろ!私が唯では済まさないよッ!!」



老婆の恐ろしい剣幕に、マトラン達が黙りこくる。
フォンスは内心老婆に失礼だなと思いつつも、思った。

・・・怖い・・・;




フォンスが老婆に話し掛ける。
「そこの女の子・・・頼みます」



「おう!任せな!」
老婆の返事は、フォンスにとってとても心強かった。




S字型刀剣を握り、建物を後にするフォンス。
今はファイナさんをここに保護させてもらおう。





今は・・・レルク達を待たせている・・・・!!」





ビックリ。
フォンスが駆けつけた時、あの小さな怪物達はほとんど倒されていた。

肩で息をしているイオリスとレルク、そして青年達は、あの無数に居た小さいダーカーを相手に、勝った。

そしてロサダは――――男と対峙していた。

おそらくは小さい奴らを従えている、いわゆるボスであろう男と。
トーアのようで、明らかにトーアではない男と。





「大丈夫ですか、満身創痍ですよ?」
ロサダにマスクからチューブが肩に伸びている、異様な顔の口から発せられた言葉がかけられる。
その言葉は、あまりにも優しく、親切な響きだった。

「ああ。一応、アンタのせいだけどな」
ロサダが、皮肉たっぷりに男に返す。


「・・・それは・・・申し訳御座いません。私の任務上、あなた方には死んで頂けなければなりません。
           素直にご協力頂ければ、せめて苦しませずに逝かせる事ぐらいはさせて頂きますが・・・」


「・・・・・・悪いな。俺にはやっと、『
俺が生きていて嬉しいと思ってくれる奴らが出来たんだ。それに、今はまだ死ねねェよ・・・



「・・・・何故、ですか」
男が、聞き返す。



「俺は・・・傭兵として各地を旅してきた。ただ旅をするだけで、目的も無く。
 真面目に生きるより、自由に旅をする方がずっと楽な生き方だったからな。
 
 ・・・・だがな。俺は薄々気付いてたんだ。そんな生き方は、人生を無駄に過ごしているだけだってな。
 確かに楽な生き方だった。けど、その人生は無駄なんだ。
 内心、俺は、何かしらの『目的』を求めて旅をしていたのかもしれなかったかも、ってな・・・」


男が、攻撃をするそぶりも見せずに、ロサダの話を目を閉じて聞いている。



「だがな。・・・・やっと、俺は『目的』を見つけた。
 さっき言った『俺の生存を喜んでくれる奴ら』と出会い、俺はやっと見つけたんだ。
 大陸中で起こっている、アンタみたいな奴らによるマトラン襲撃事件。
 仮初めでも良い。本望じゃなくても良い。どうせ俺は目的を持っていなかった男だったから。

 だから・・・・」




男が、顔を上げて――ロサダを見つめた。
その目には、殺意など微塵も感じられない。


「だから・・・なんですか?」





男に聞かれ、ロサダは、呟いた。












「俺は、この大陸をアンタ達の手から救ってみせる」





男が、なんとも言えない表情でロサダを見ている。
そして、少し寂しそうな声で、ロサダに言った。






「・・・・・そうですか。ならば、貴方は私たちの『敵』・・・・という事になりますね」

「・・・・だな」





何故だろう。
胸の奥から、笑いがこみあげてくる。

・・・・敵なのに、相手から殺意どころか敵意すら伝わってこない。そんなところが理由だろうか。





「・・・・・・・失礼、流石にそろそろ歩兵の数が少なくなってきてしまいました。
       今日はここらへんで、戦略的撤退をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「は?」





男が、まずありえないと思っていた発言を軽々と言い放った。
歩兵というのは、あの小さなマトランのような沢山いるダーカー達の事だろう。
確かに、周りを見れば、そこら中は焼け焦げた『歩兵』の死骸だらけで、生きている歩兵はほとんど居なかった。

しかし、悔しながらも自分は今現在体力は万全というワケでもなかった。
まともに戦えば、まず男が勝つだろうという事ぐらいは誰でも分かる事だった。

しかし、相手から引いてくれるとなれば、これほど親切な事はない。
ロサダは、首を縦に振った。

そこでイオリスが口を挟む。
「ちょっと待てロサダ。あいつは・・・」

イオリスの顔の前に手をかざし、イオリスの発言を遮るロサダ。
そして、イオリスに諭した。

「お楽しみは、後にとっておくもんだぞ」

しばしの沈黙の後。
その一言で、イオリスは全てを悟ったように下がった。





「・・・・・次、会った時こそ・・・・」
「・・・・決着(ケリ)、つけような」









男が、ロサダに背中を見せて、言った。


「今度戦う時は・・・・万全な体力と体調でお願いしますね」





返事は無かった。
男は、その沈黙で答えを「YES」とと読み取った。
そして、去ろうとした。














「・・・・・おい」



ロサダが呼びかける。


「・・・・なんでしょう?」
男が返す。








そしてロサダが、その男に根本的な疑問をぶつけた。



「アンタは・・・・トーアなのか、ダーカーなのか・・・?」










男は、それを聞いて。
答えた。












「・・・・・・どっちもです」





その言葉を発した瞬間。
ロサダには、男がうっすら笑っているのを見た。


そして、それを理解した瞬間に、男はすでに消えていた。



それから数時間後には、マトラン達が避難所から帰ってきた。
すっかり目が覚めたファイナは、まっさきに青年へ飛びついていった。
青年の姿が、化け物であるにもかかわらず。


長老であったツラガ・メルから感謝金を貰いうけ、6人は村を後にした。
フォンスは村の門をくぐる瞬間、投げキッスをしてきたツラガ・メルに引いていた。





そして、誰も青年の正体については触れなかった。














そう、6人。
ロサダにイオリス、ファイナにレルク、そして青年とフォンス。




フォンスが、他の5人に言った。
「私はアルバ・カテル本部に戻りますが、レルクはどうしますか?」

親友に質問され、レルクが答える。

「ロサダという男と、ダーカーについて共同捜査するため、しばらく本部に帰れないと報告しといてくれよ」


なんという図々しさ。
誰も旅に同行しても良いなんていっていないが、ロサダが認めたのでとりあえず良しとする。




残るは、青年だった。

ファイナが「一緒に旅をして欲しい」と言ったが、青年は自分はダーカーだからと言って旅に同行しようとはしなかった。
しかし、イオリスが言う。

「ダーカーやトーアなんざ関係ないよ。
 種族関係なし、問題はその人が善悪かってよく言うだろ?」




青年が下を向いて黙っている。
その時間は気まずかった。

ロサダが、急に薙刀を構えて青年に言った。


「旅についてこない、という事は俺達の敵だ。
 お前が敵なら、いまここでお前を殺さねばならないな♪」


おそらく冗談のつもりなのであろう。
青年もそれを感じ取れた。
そして、ここに居るみんなが、自分を必要としてくれている事にも。




だからこそ、彼は決心した。
「仲間」を、絶対に守り抜くと――。
ファイナさんと、ロサダさん達と。初めての「仲間」と―――旅が出来る。
これほど嬉しいものはなかった。





青年が、ペコリと頭を下げて、挨拶した。
エコーのかかった、その声で。






「皆さん、初めまして。
 私はヴェイルと申します。できれば・・その・・・」



そこで青年がどもる。
何かを言おうとしているのは分かるが、何を言おうとしているのか分からない。

その瞬間、イオリスが口を開いた。



「・・・トーア、だろ?」


ファイナが「え?」と聞き返す。
イオリスはそのまま続ける。

「化け物としてじゃなく、トーアとして見て欲しい・・・・って事だろ?」







青年が、微笑って頷く。
皆が、笑ってヴェイルを見つめていた。

悪い空気ではないが、とりあえずきまずい空気。


そんな空気を察したのか、それとも衝動的に行ったのか、
その瞬間にファイナが青年に抱きつき、そのまま押し倒してしまった。
仰向けに倒れたヴェイルに馬乗りになり、ヴェイルにほおずりするファイナ。
その間、ずっと「だあいすき!」と連呼している。


顔からガチで火が出るのではないかという位に顔が真っ赤になったヴェイルを見て、
ロサダは下品な爆笑をし、イオリスは苦笑い、レルクは赤い顔を横に背けていた。




ほおずりをやめ、ファイナが馬乗りのままヴェイルに言う。
「その姿じゃ、とりあえずトーアに見えないから、私と始めて会った時の格好に戻ってくれるかな?」


「・・・分かりました」



ヴェイルが笑った後、彼の身体から黄色い閃光が光り輝き、光が収まる頃にはトーアの姿に戻っていた。

「トーアに『擬態』
できるこの能力には、随分助けられて来ましたね・・・」
その呟きが言い終わる前に、更に興奮したファイナがヴェイルに覆い被さり、ほおずりを繰り返した。



「・・・もう見てられないよ」
イオリスまでもが顔を赤くして目を背けた。










相変わらずロサダだけは、口笛を吹いて2人をはやし立てていた。

その場に、6人の笑い声が響いていた。
日も光り輝き、空が青く澄み切っていた。













その光の中で、ロサダは次に「あの男」に会った時に期待しながら――笑っていた。












「対峙」完