第一話「失踪」

ジャー・アラル大陸。
とある大海の中心辺りに存在する大陸である。
私がこれから書き上げていこうと思う物語は、噂話(ロア)では無い。
だからと言って伝説(レジェンド)でも無い。まして報告書(レポート)でも無い。

これは、私の
遺書(テスタメント)である。

私は、遺書としてこの物語を遺そうと思う。
そう遠くない昔、この大陸で本当に起こった物語だ。

そこで、今この文章を読んでいるアナタはこう問うだろう。
「何故、本当に起こったと分かるの?」

私の答えは、こうだ。
「今はまだ答えない。」

おっと、これは冗談では無い。
いわゆる、「お楽しみ」という奴だ。
この物語を書き終えた時、文章の最後あたりに書こうと思う。
必ず書く。だから今は御釈放願いたい。



さて、早速で申し訳無いが、これからその物語を書いていこうと思う。
この物語を読み終えた時、アナタはどんな事は思うだろうか?
疑惑?感慨?それとも読み終えた達成感?
私は、少しばかりそれが気になるが、聞く事は出来なさそうなので諦めるとしよう。
アナタが、「第三者」が、この物語を読んでくれる事、それだけで私は嬉しいのだから。

さて、いつまでも私のつまらない与太話を聞いてても面白く無いと思うので、
そろそろ物語を書き出すとしよう。
あまり喋りすぎると今度は止まらなくなる性格なので御釈放願いたい。


それでは、書かせて頂こう。
死神」と呼ばれた、一人の傭兵を取り巻く物語、

・・・・・・そして、私の遺書を。
















アリャ・ト村。
ジャー・アラルの南部に位置する村である。
村とは言ったものの、産業や農業等も栄え、
そこそこ発展している。

村人(マトラン)達の楽しそうな声が響き、
時には一生懸命に働くマトラン達の掛け声が聞こえてくる。
そんな村だった。

そんな中、村の中心にある広場で二人のマトランが話していた。

メヅ「おい、聞いたかカーテ。また・・・・・」
カーテ「・・・その話はとっくに聞いたよ、メヅ・・・」
落胆気味に、生気の無い声で返答する少女。

・・・・・・・・・・・・・・・。
沈黙。
重苦しいくらいの沈黙。
このまま、時が永遠に止まるのではと思うくらいの沈黙。

メヅ「・・・ごめん。悪かった・・・」。

少女の心を察したのか、やっと言葉を口にする少年。

カーテ「・・・・・うん、いいの。ごめんね・・・」
少女が少し驚き気味に、そして軽く笑いながら言った。




ここ最近、大陸中で、旅行に行ったり
用事を済ませるため外出したりしたマトランが、
マスクを残して帰らぬ人となる事件が多発しているのだ。


何故、遺体が発見されていないのに死亡したと分かるのか?

簡単な事である。
マスクが残されていた場所には必ず被害者の血液が残されていたのだが、
その血液の量が、明らかに
致死量を超えているのだ。

つまり、刺されたにしろ殴られたにしろ、
既に死亡している事は目に見えているのである。

そして、最近新たな犠牲者となったマトランが、
さきほどの少女・・・「カーテ」の親友だったのだ。


大好きな親友を亡くして、信れる仲間を一人失って。
その少女の眼は、死んでいた。
まるで生気の無い、死んだ魚のような眼をしたその少女は
悲しみの奈落に蹴り落とされ
絶望の海の波にのまれて
その魂は、軋みながらもなんとか動いていた。




そう・・・それが起こったのは、それから4日後だった。
いつも通り、広場に日課の散歩に来ていたカーテ。
着いた広場には、まだ誰もいない。
メヅも来ていない。

広場の腰掛け石に座るカーテ。
彼女は、自問自答を始める。

「何故、エルドが死ななければならなかったのか。」

「何故、大親友のエルドに限って死んでしまったのか。」

「何故? 何故? 何故?」





何故?



分かるはずの無い問いに
答えは埋まらない

無駄な自問自答を繰り返す彼女の目は
やっぱり死人のように冷たくて


その時だった。


右の林の中から、唸り声が聞こえる。
ラヒ?いや違う。動物の唸り声じゃない。
動物の出せる声じゃない。エコーがかかっている。


彼女の第六感が「
」を一瞬予感した、その瞬間だった。





???「グオ゙オ゙ォア゙ア゙ァァァァァ!!!!!!」



カーテ「!?」


それは異形の姿だった。
戦士(トーア)とラヒを足して2で割ったような姿。
腹部に四本の牙を生やした口が存在している。

カーテ「あ・・・・あ・・・・!!!!!」

すっかり度肝を抜かれ腰まで抜け、地べたに尻餅をつくカーテ。

そんなカーテにゆっくり歩み寄ってくる魔物。
グルル グルルと唸りながらも、確実に迫ってくる。
しかし、


???「食らえェェェッ!!!」


木の棒で、魔物の頭を後ろから殴りつける男。
その顔は、彼女にとって見慣れた顔だった。


カーテ「メヅ!」

どうやら、さっきの魔物の叫び声を聞いて駆けつけてくれたらしい
しかし、救いの手に見えたそれは、一瞬で悪夢へと変わった。







突然、魔物がメヅの方を見、その瞬間にメヅの足を払った。
転ぶメヅにすかさず馬乗りになる魔物。
両手でメヅの両手を押さえて身動きが取れないようにする。
そして、腹部の牙がゆっくりと開き、その奥に見える口が開く。
そして、次の瞬間――――――――








メヅ「ア゙ァ゛!! ア゛ア゛ァ゛ァ゛ーッ!!!!」



その場に響くは 骨が砕ける音と 肉が引き千切られる音と 少年の悲鳴。
カーテは、目の前で親友である少年が
捕食されているのをただ見ていた。
親友を見捨てたのでは無い。目を背ける事が出来なかったのだ。

目を背ければ、それこそ親友を見捨ててしまうような気がして。
彼女は、泣きじゃくりながらただ見ていた。

そして、そこに残るは親友のマスク。






白いマスクに緑色の血。
少年の遺体は、骨一つ残っていなかった。


カーテ「・・・・・・・あ・・・・・・」
放心状態の少女。
まだ涙を流しながら、地面にへたりこんだ。

その少女に向かって、まだ足りないと言わんばかりにゆっくりと歩み寄る魔物。
もはや少女には、逃げる気力さえ残っていなかった。
それ以前に手足が震えて動けない。

もはや生きる気力を失ってしまったようにも見える少女に向かって、

容赦無く魔物は飛び掛かった。
そもそも「容赦」という言葉の意味すら分からないやも知れぬのだが。


しかし、少年の悲鳴で駆けつけたのか、今度は別の者が来る。
その者は、怪物の牙を剣で受け止め、そのまま力いっぱい押し返す。
しかし力では敵わないと睨んだのか、足を払って転倒させる。


そして、その駆けつけた
少女の姿は、マトランとは違った。
その特徴的な長身、そして鎧。
間違い無い。消えかけの意識の中で、カーテは少女を見て思った。


・・・・・・ファイナ
・・・・・・・・

魔物に立ちはだかる女性。
右手に持つ剣を握りしめる。



「ファイナ」。それがこの少女の名前。
彼女はこの村を守護するトーアである。
そして、まだ17,8ぐらいの若い戦士でもある。

剣を振りかざし、魔物に突っ込んでいくファイナ。
彼女の得意技「乱れ斬り」が魔物に襲い来る。
少しづつ、しかし確実にダメージを与えていくファイナ。
まだ未熟とは言え、その太刀筋は才能を思わせる。


確実に魔物を追い詰めていく少女戦士。
反撃のスキを与えようとしない。


しかし、優勢だという事で油断したのか、
彼女の心が一瞬緩んだ。
そして、その瞬間、彼女の動きが少し遅くなる。

そこを魔物は見逃さなかった。



バチチチッ!!!!

ファイナ「キャアアアアァッ!!!!」

両手に有機的に接続されているスタンガンを、

素早く彼女の腹部に押しつけ、電流を流す。
腹部に走った激痛に、もんどりうって倒れるファイナ。



グルルルルル・・・・・・

借りを返すと言わんばかりに呻る魔物。
倒れているファイナに矛先を向け、低く構える。
しかし、低く構えている間に、急に前に吹っ飛ぶ魔物。



ファイナ「え・・・・?」


何が起こったと腹ばいのまま見上げるファイナ。


魔物の居た位置のちょっと後ろに男が立っている。
彼女と同じ、鎧に、長身。そして武器。
同業者だと一瞬で理解した彼女は、何故か安心する。

しかし、男の口から出た言葉は、彼女の期待を「軽く」ひっくり返した。












「何をやっている・・・

俺も仲間に入れろ・・・・!!」













「失踪」 終