CAFE+INN That Sounds Good! 

わが家流「その気暮らし」なハナシから

 1993年夏、たざわ湖畔はどしゃぶりの天気です。雨の中、ぬかるんだ庭を数え切れないぐらい往復して、まだ大工さんが出入りしている状態の家に荷物を運び込んでいる家族がいました。お引っ越しには最悪の天気、信じられないほど大変な状況のなか、信じられないほどにやにやした顔。このお話は、そんなとぼけた家族の生活の記録です。



1 山賊の話

 ある日一人のお客さんがうまそうにすすった珈琲カップをおくと口を開きました。
「いやあ、ここ探すのにずいぶん苦労させられましたよ。」
「は?」
 来たときから何かニコニコとこちらを見ていたので、「何だろう?」とは思っていました。
「知り合いから、居心地のいいペンションがたざわ湖にできて、日中は喫茶もやってるから行ってみろと教えられたので来たんですが、いくら探しても見つからない。しょうがないんでホテル街まで戻ってフロントで聞いたんです。このあたりに『山賊』っていうペンションはありませんかって。」
 フロントで大笑いされたのは言うまでもありません。そうです、彼には友人の話の中に繰り返し登場するペンションの名前『サウンズグッド』、が『山賊』と聞こえていたんですね。秋田なまりもこの一件を大いに手助けしたにちがいありません。
 それ以来我が家のセカンドネームが『山賊』になったのはご想像の通りです。

2 お酒の話

 たざわ湖畔に住み着いて5年になろうとしています。ベッドメイクや掃除はなかなか上達しませんが、お酒の味だけはだんだんわかってきたような気がしています。なぜならば、サラリーマン時代はお酒を買うのは単なる消費でしかなかったのに商売やってると『仕入れ』と称して投資できる。つまりいろんなお酒の代金を、最終的にはお客さんが払ってくれているというわけです。そうなれば置いているお酒ぐらいはどんな味で、どんな料理によく合うかなど、正しく知っておく必要がある…(エヘン)。というわけで日夜熱心に研修を積んだ成果が現れてきたのでしょう。

(1)「〆張鶴“特別本醸造”」
 新潟から持ってきてくれたお客さんがいました。彼に言わせると「新潟には旨い酒が多いけど、有名で手に入れにくい酒ほどまずい…。」とか。
 〆張鶴は以前“大吟醸”を口にしたことがあって、すっきりした旨い酒だなという印象がありましたが、この“特別本醸造”もやはり旨い。彼は来る度に旨い酒を持ってきてくれて、夜は他のお客さんも捲き込んで鑑評会が始まります。ワインが似合うと言われていたわが家では、近ごろ秋田の地酒が冷蔵庫を占領するようになりました。
 ちなみに「秀よし大吟醸“神代”(3000円)」「飛良泉“山廃純米”(1500円)」はコクがあるのにキレがあるという点でおすすめです。

(2)「みちのく秋田“大森ワイン”」
 ワインだったら、ほっておくと3本でも4本でも飲んじゃうというお客さんがいます。岩手からくる彼に今回はこのワインを出しました。これは岩手でいちばん旨いと思う「エーデルワイン“五月長根葡萄園”」と同じく、地元(大森町)産リースリング種のぶどうをつかっています。これがほのかな甘味とさらっとした舌触りでとても飲みやすい。メルシャンでつくっていますが、エーデルのように大森にもワイン工場があって地元秋田で醸造できれば最高です。

(3)『グレンロセス“27年”」
 秋田市のお客さんでバーテンダーでもある彼女が、私のカクテルの先生です。ある日持ってきてくれたこのスコッチモルトは感動ものでした。あまり飾り気のない小さなラベルに誇らしげに書かれた“1966”は、つまり私が以前たざわ湖に住んでいた6歳の頃樽に詰められ、再びたざわ湖に戻ってわが家をオープンした年、1993年に樽から出されたということになります。ショットグラスでゆっくりとその重厚でまろやかな味と香りを楽しみつつ、この酒が眠っていた27年間の自分の生き方を思うと涙がとまりませんでした。

3 いい夫婦の話

 私たち夫婦は、この年になってまだディズニーランドに一度も行ったことがなかったのですが、最近、子どもたちの提案で一緒に出かけてみました。 偶然にもこの時期、『いい夫婦の日きっぷ』という、いい夫婦だったら、3日間JR東日本全線乗り放題(新幹線指定席も)2人で33000円!というメチャお得な切符がありまして、幸運なことに、ほんとにいい夫婦かどうかの詳しい審査もなかったのですんなり手に入れ、あこがれの“こまち”に乗って行きました。
 オフシーズンのはずのディズニーランドは、この日、ミッキーの誕生日とかで予想外ににぎわい、でだしは列に並ぶのもいやでしたが、しだいに興奮して子供たちの手をひいて走り回り、夜のパレードの頃は、立ったままもう寝てしまっている息子を支えながら、夫婦で盛り上がっている始末…。
 翌日は鎌倉の方まで足を伸ばしたりして、3日間の旅を終え、
「来年の今ごろもいい夫婦だったら、また来れるね」
と東京駅をあとにしたら、着いた駅がたざわ湖駅だったのでびっくりしました。
 さすが“こまち”。

4 ビールの話

 たざわ湖にも地ビールが誕生しました。その名も“田沢湖ビール”。県内初の地ビールということで、相当な人気者です。私は4種類の中で、白っぽくてフルーティーな“ヴァイツェン”がお気に入り。ちなみにかみさんは、褐色で苦みの強い“アルト”にはまり、親父は、香り高くこくのある“ダークラガー”にぞっこんです。
 それにしても今から6、7年前、私が手作りビールに凝っていろいろ試していた頃、でき上がったビールを家族や友人にふるまうと、決まって無口になって、その後わが家に来ても「あのビールは…」なんて話は2度としませんでした。それでも無理に勧めて感想を聞くと、「何で濁ってるの」とか「生臭い」だとか、ついには「日本人の体質には会わない」だとかムチャクチャ言われて、ずいぶんおこったものでした。
 それがこの地ビールブームで「日本人の体質」はあっさり変化し、「生臭い」が「フルーティー」だとは恐れ入ります。私の独断では、あのビールは今お気に入りの“ヴァイツェン”よりも旨かった。それを証明すべく、また暇を見つけて濁った生臭いビールを醸し、やつらにふるまってみようともくろむ私です。

5 雨の話

 乳頭温泉に泊まってきたお客さんが、我が家に下りてきてこんな話をしてました。
「乳頭は雨の音が東京とちがうんだねえ。何だか雨なのにいい気持ちだったよ。」
 何が違うのか、雨音を聞きながらずーと考えたそうです。そして曰く、
「東京で聞く雨の音は、雨がコンクリートの建物とか道路、鉄板の屋根なんかに当たる音、乳頭は屋根が茅葺きだから音がしないんだ。それで聞こえる音っていうのはよーく聞くと、辺りの森の木の葉っぱに雨があたって、葉っぱどうしがさらさらとぶつかり会う音なんだな。」
 自然の中に住んでいながら、都会の人に教えられる自然のおもしろさってけっこうあるものです。

6 鳥の話 

 そのむかし、京都御所の屋上で源頼政が射止めた“怪鳥ヌエ”の正体は、声から考えて“トラツグミ”ではなかったかと言われています。わが家にもいるこの怪鳥、夜中に耳をすますとヒョーヒョー鳴くので不気味ですが、顔はなかなかあいきょうがあってかわいいものです。
 かみさんはこうみえても(どうみえてるかな?)「日本野鳥の会」の会員です。まだ駆け出しなもので、紅白歌合戦のような仕事はまわってきませんが、わが家の周りにいる鳥たちの区別はずいぶんできるようになってきました。
 私でも、鳴き声一発ですかさず言えるウグイスやカッコウ、いつも高いカラマツのてっぺんにいてお客さんが来たことを知らせてくれるホオジロ、庭の散歩が日課になっているアカハラ、秋冬、葉っぱのなくなった木の枝にみんなでぶらさがって、実がなったふりをして遊んでいるコガラ、ヒガラ、ヤマガラ、外のスピーカーから流れる「LULLABY OF BIRDLAND」にあわせて美しい声で歌うノジコ、などなど。
 わが家の大きな窓ガラスにぶつかって失神してしまったキビタキや、かわいそうなことに死んでしまったカワガラスもいました。ごめんなさい。
 アオゲラ(キツツキの仲間)は天然木のわが家がすっかり気に入って、がんがん穴をあける、とんでもないやつです。
 今度の休みには窓の外の桜の木に餌台を作るんだと張り切っているかみさんと、もうかれこれ10年も餌付けされてる私。
 (そう言えば私が目標にしてるサックスプレーヤー、チャーリー・パーカーのニックネームも“BIRD”だったなあ、たしか。)


 今日もたざわ湖はきれいです。よく晴れた日の真っ青な湖面はもちろんですが、雨の日の海のような波の荒さや、曇りの日の重たい水の色、それに平日はほとんど人のいない真冬のたざわ湖の絵に描いたみたいな美しさとか、みんなお客さんから教えらています。
 いろんなごきげんのたざわ湖と、まだしばらく、仲よくつきあえそうです。

 佐々木達哉
75期。93年夏からたざわ湖畔に住み着く。
喫茶・ペンション経営。
家族6人+1匹

1998年 横手高校創立100周年記念誌 「横手高校OB物語」から 

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