芸能取材メモ
〔各地の民俗芸能の取材で見たこと感じたこと等を記していきます〕
2006/12/3 第27回大東町郷土芸能発表会(岩手県一関市)
今年一番の雪の中、JR大船渡線摺沢駅の駅舎に隣接の大東コミュニティセンター・室蓬ホールで開催(町内9団体+招待1団体)。ここの芸能を見るのは初めてでいろいろ発見があった。
払川豊年田植踊りは、“えぶりすり”と弥十郎の差配で鞨鼓の舞い手が舞っていくのだが、えぶりすり等の装束は藍の半てん・長い烏帽子・鳴り輪のついたえぶり棒、更に鞨鼓の舞の前でゆらゆら身体を動かしていく様に、八戸周辺の「えんぶり」につながっていくものを見た。
丑石鹿踊りは“行山流”。上半身を曲げ、背中の長いササラを床と並行に大きくまわしたり、ササラの使い方の多様さは内陸部では異色ではないか(沿岸部の影響か?)。
早池峰系神楽の南端という猿沢峠山伏神楽は「鳥舞」。思いなしか振りが活発で華やかな感じ。
渋民伊勢神楽は、伊勢神宮の屋根を模した小さな屋根の下の大太鼓を赤い花房のバチで叩いていくのだが、列の後ろの全員が先頭と同じように両手を振り、踊っていく。岩手では初めて見た芸能だが、これと同じ形式を九州・熊本県天草の太鼓踊りに見たことがある(ビデオでだったが)。
招待の牧澤神楽「天の岩戸開き」は昨年、全国青年大会で最優秀賞を受賞した20代中心の団体。完成度の高い演技だった。

左 払川豊年田植踊り/右 渋民伊勢神楽
2006/11/25 第56回全国民俗芸能大会(東京都・日本青年館)
「発見! 日本の無形文化遺産」のタイトルで開催された第56回の全国民俗芸能大会。会場に着いたら長蛇の列で驚いた。
播州歌舞伎「寿式三番叟」、淡路のだんじり歌「赤垣源蔵」(南あわじ市の青年団)、祝福芸三題として秋田萬歳・佐渡の春駒・伊勢萬歳と続き、それぞれそれなりに面白かったが、今回の圧巻はその後の安芸十二神祇神楽(広島県)。伊勢神社神楽(廿日市市)「弓の舞」「天臺将軍」と阿刀神楽の(広島市安佐南区)「荒平舞」「将軍舞」。後者の「荒平舞」は秀吉の時代から上演されているという古風なものだが、金糸銀糸の豪華な衣装(背に翼まである)に黒い大きな鬼面をつけて悠々と舞う。「弓の舞」や二つの「将軍舞」は重力を感じさせない軽やかなステップの延々たる連続。蝶のように二人の舞い手は羽ばたきながら位置を変え、それが次第に速くなり、憑かれたように舞っているうち、ついに一人は気を失ってしまう。神楽の初源の姿がこのように今に伝えられているのか。恐るべし広島の神楽。

2006/11/19 九日神楽(岩手県花巻市)
東和町の北小山田集落で100年以上前から行なわれている九日(くにち)神楽とは、旧暦九月二十九日に実施の神楽。集落の人々が神楽を呼ぶ講をつくって、日中は権現の門打ち、夜は民家を宿にして幕神楽を上演してもらう。数十年前までは内陸部でも相当やられていたらしいが、今では極めて珍しい。呼ばれるのは数キロ離れた先の幸田神楽(早池峰神楽岳系)。
午後三時過ぎ到着し、門打ちについてまわる。屋敷神の祠がある場合は(たいがい家の裏手の山の中)まずそこで打ち鳴らしを奏し、その後、家の玄関で下舞と権現舞を舞う。各家ではロウソクに火をつけ、白米とご祝儀の載った小さな祭壇を準備している(その雰囲気は秋田・仙北地方の獅子まわり受け入れとよく似ている)。獅子は舞いの中で時に子どもたちの頭を噛み、泣き出す子がいるのがほほ笑ましい。
宿(今は8軒のもちまわりという)に近在の人々も集まり、ご馳走を食べ終えた夜七時、神楽の開始。講中からの要望で、裏舞が中心。「八岐大蛇退治」「二人三番叟」「裏八幡舞」「小山の神舞」など(途中、狂言を一つ)、最後の権現舞まで10番。若手の舞い手も多く、充実した上演だった。終了したのは十一時すぎ。
今年の宿の菅原翁らが中心となり組織している講だが、続けているのはこの人たちの神楽愛好熱以外にはないのではないか。菅原さんは上演の終盤は神楽の囃し手の席に座し、手平鉦を打っていた。

左 裏八幡舞/右 岩戸開き
006/11/5 第5回東和神楽大会(岩手県花巻市)
「街かど美術館」として商店や空き店舗や庭や路傍、田んぼなど、街の至る所に現代アートの作品(絵やオブジェ等)が1ヶ月にわたって展示されていた土沢で開催の、こちらは伝統ゆかしい神楽の大会。町内に13ある神楽のうち、この日の出演は常連の岳流浮田神楽「鳥舞」「天降りの舞」・岳流石鳩岡神楽「普勝の舞」「五穀舞」・大償流土沢神楽「年寿」「大蛇退治」、それに土沢神楽から指導を受けている毒沢神楽が最後に権現舞。
いずれも早池峰系でも定評のある神楽団体だが、今回は、難曲の「普勝」を若手が舞うなど、青年たちの参加が活気を吹き込み、神楽の魅力をたんのうできた。
ただ、会場いっぱいの観客の大半は60代以上の人たち。こんなに優れた芸能が身近にありながら若い世代にその魅力が知られてないのは勿体ないことだ。担い手の後継者育成と共に、観客の育成にも力を注ぐことが望まれているのではないか。
浮田神楽「天降りの舞」
2006/10/29 第26回金ヶ崎町郷土芸能発表大会(岩手県)
金ヶ崎は、北が北上市(旧南部藩)に隣接し、藩政時代は南部藩に対する要害の地として、伊達藩の侍たちが居住していた(その武家町が5年前、「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された)。
出演は、神楽1、田植踊り2(座敷田植と庭田植)、鹿踊り3、鬼剣舞・念仏剣舞3、はやし太鼓1、甚句踊り2、の町内から計12団体。特別出演として朴ノ木沢念仏剣舞(奥州市胆沢区)が招待。
最初の百岡毘沙門神楽「御神楽みかぐら」は小学校3年の子たち4名。次の坂水庭田植踊は西小学校の5・6年生十数名。いずれもしっかりした舞踊で、腰がおりている。何より皆まじめに取り組んでいるのに好感がもてた。
この日の圧巻は、皆白行山流三ヶ尻鹿踊り「先庭、三人狂」。江刺の金津流のような重厚さではなく、もっとシャープで軽やか。間然とするところのない演技は、近年見た鹿踊りの中でも最高の部類に属すると思った。
細野念仏剣舞は、8人の踊り手が女性だけ。狂言の武悪のような面をつけ、デンデンと足を強く踏みながら踊る。農作業で鍛えられてきただろう身体で、婦人たちの心意気を感じさせる舞だった。
最後は、六原鬼剣舞「二番庭、狂い踊り、一人加護」。胆沢系ではなく、北上の岩崎系の剣舞だが、みずみずしく、水準が高く、惹き付けられた。
ここは旧伊達藩域であり、基本的には胆沢系の芸能の地だが、南部系の芸能もある。というだけでなく、芸能の質が南部の力強さを持っているのではないかと感じた。

左 三ヶ尻鹿踊り/右 細野念仏剣舞
2006/10/1 第30回石巻・桃生・牡鹿地方神楽大会(宮城県女川町)
いわゆる「浜の法印神楽」と呼ばれるこの地方の神楽8団体の出演。法印(修験)が代々舞ってきた神楽だが、旧南部藩域の岩手・青森の山伏神楽とは全く異なる芸態に展開しているのは驚くほどだ。総じて明るく、楽しく、かつ大道具なども使用し舞台劇としての性格が著しい。
桃生の寺崎法印神楽「岩戸開き」は先の全国神楽大会にも出演していたが、あの時よりはるかに素晴らしかった。タヂカラオノミコトやスサノオなど男たちの、ゆっくり見得を切りながら、いきなりガッと腰を落としたり激しく地を踏んだりの舞、アメノウヅメノミコトのたおやかで大きな舞の美しさ、翁のくっきりした動きの線。岩戸は大道具。アマテラスが出た後、山伏神楽や南部神楽ではクズシの総踊りを見せるところが、ここではタヂカラとスサノオの戦いになり、スサノヲを追い払った後、観客の手拍子の中、タヂカラは刀を振りまわし、片足ケンケンで喜びを舞う。
雄勝(おがつ)法印神楽は「鬼門」。スサノヲが万民のため、鬼門の方位の諸魔を打ち払う様を描いたという一人舞。抽象的な舞で、後段に、張られた一本の綱を切るところがあるだけだが、観客の目を終始ひきつけて止まないのは、テンポが速くリズミカルで力強い舞のせいか。
石巻市の牡鹿神楽古実会「日本武」は、熱田神宮に納められていた天の叢雲の剣を悪鬼が美女に化身して盗み取ったので、日本武尊(やまとたけるのみこと)がその鬼女と戦い、剣を奪い返すという舞。他よりもやや古風な芸態で、前段の女舞も、他の法印神楽が女性らしい線を表現しているのに、ここのはザックリとした大らかな線。しかし、観客と共にあった神楽であることは変わりなく、鬼女とヤマトタケルとの戦いでは、女性が気性も腕力も強く、ヤマトタケルはたじたじ。客席もわく。まるで浜の女性たちのしたたかさを反映しているようで面白かった。
最後は女川町の江島法印神楽「叢雲」。出雲の国でスサノヲが八岐の大蛇を退治し、尾から叢雲の剣を取るという舞。大蛇の登場は一匹だったが、なんと天井から吊り下げられており、宙を自在に動く。その戦いの迫力。
法印さん達がこの地の人々と一体になってつくりあげてきた素敵な神楽の数々だった。
プログラム表紙
2006/9/24 胡四王神楽公演(花巻市)
宮沢賢治記念館の開館記念事業として毎年この時期にやられている恒例の胡四王神楽公演。記念館は頂に胡四王神社のある山の中腹にあり、その神社についている神楽である。若手が育っており、先だっての全国神楽大会でもピカイチの舞だった(木曾舞を上演)。
会場は、記念館前庭の仮設舞台。客席の後ろは入退館者の通り道となる。 上演の演目は、鳥舞・三番叟・八幡舞・山神舞・稲田姫・翁舞・天照五穀舞・権現舞の8番。およそ3時間。
舞はほとんど少年少女と青年たち。皆、腰を低くすべきところはしっかり低くし、振りの一つひとつを丁寧に、しかも大きく舞っていく。修練が見える。特に山の神舞や翁舞などは振りがよく研究され、舞踊として切れ味があり、目が離せない。
そのことに舌を巻きながら、ただ、これからの舞だという感も抱いた。山伏神楽がもつ精神的な深み、精神と身体のすべてをかけて何事かに挑んでいくあの深々とした魅力・迫力。それを獲得・実現させ得たら、どんなにか素晴らしい神楽になるだろう。

左 八幡舞/右 天照五穀舞
2006/9/16 第30回秋田県民俗芸能大会(横手市増田町)
昭和52年(1977)から始まった県民俗芸能大会の「第30回記念大会」として、国指定重要無形民俗文化財4(保呂羽山の霜月神楽・男鹿のナマハゲ・毛馬内の盆踊・角館祭りのやま行事から“おやま囃子”)、県指定文化財3(藤琴豊作踊・一日市盆踊・仙道番楽)、それに開催地の地元、市指定の八木番楽。計8団体の出演でたっぷり4時間。
改めて秋田の芸能の多彩さを感じた。が、一方で、舞台のものとして鑑賞するには必ずしも適さない芸能が少なくないことも感じた。霜月神楽はあの狭い社堂の中で徹夜でやられるからこその感動であり、その雰囲気をステージに移すのは難しい。一日市盆踊は路上で多数の老若男女が思い思いの仮装で開放的に踊るからこその魅力。見ていてもどかしさがあった(囃子の太鼓は迫力があったが)。藤琴豊作踊(上若の“駒踊り”)だって、舞台があんなに滑りやすいんでは普段のようには踊れなかったろう。
こうした中で一番面白かったのが、男鹿のナマハゲ(真山なまはげ伝承会)。民家にやってきたナマハゲと主人のやりとりを再現するのだが、生活感があり、しかも虚と実をないまぜに、やわらかな秋田弁で交わされる。やはり一種の演劇といってよいのではないだろうか。
芸能で最も見ごたえがあったのは仙道番楽だった。よく締まった獅子舞の踊り(獅子招きの舞が見事)。鶏舞はしなやかでテンポが速く、変化に富み、番楽の鶏舞の中でも優れた舞だと思った。

右 一日市盆踊
2006/9/10 能代・二ツ井民俗芸能合同公演(秋田県能代市)
能代市と二ツ井町の合併記念として実施された両民俗芸能連合会の合同公演。能代文化会館大ホールの客席1200がほぼ埋まり、期待の高さがうかがわれた。
幕開けは羽立大神楽。紅白の派手な油単の背に棒を二本入れた大きな身体ながら、チョコマカとした獅子の動きに笑いが起きる。以前見たことのある芸能だが、こんなにユーモラスな舞だとは思わなかった。
以下、ささら(三匹獅子舞)が3、駒踊り1、番楽1、ナゴメハギ1
ささらは切石・鶴形・道地。腰に小さな太鼓があったりなかったり(あっても殆ど叩かない)、手にバチを持っていたりいなかったり(バチを持たない鶴形は、幕を両の手で持つ)。比較的近い地域にあるのに違いが随分あるのが面白い。いずれも単純だが力強い太鼓の伴奏で、リズミカル。上半身をグイッと下へ落としたり、下半身を屈伸したり、動きが大きい。付属の奴踊りも扇子を巧みに使いながら、腕の伸びがあり、いずれも見事だった。
そして更に激しく躍動的だったのが駒踊り。梅内駒踊りは身体の切れもよし。鳴り輪のシャンシャンいう音が太鼓のリズムに重なり、踊りを盛り上げる。
これらは県北各地に分布し、県北を代表する芸能だが、県央・県南の芸能とは全く性格を異とすると、改めて実感。
浅内ナゴメハギ(ナマハゲと同じようなもの)では、出演の男の子が本当に怖がり大声で泣いて、会場をわかせた。
各団体とも充分な練習で臨んだと見え、今まで見た県北の芸能の中でも最高の出来映えだった。

左 ナゴメハギ/右 駒踊り
2006/9/2・3 全国神楽大会ハヤチネ2006(岩手県花巻市)
市町村合併で花巻市になった大迫町の中ほど、愛宕山公園に設置された大型テントが会場で、二千人近い客席が二日間とも満杯になる盛況ぶりにまず驚いた。出演は1日10団体、2日間で20団体。内訳は岩手県が11、北海道・東北から各1(山形を除く)、あとは関東(江戸の里神楽)、中部(愛知の花祭り)、中国(島根の石見神楽)、九州(宮崎の椎葉神楽)。
一日目の一番人気は、何といっても黒森神楽の高校二年の少年の「榊葉」。勢いのある激しい振りと高い跳躍に会場中から歓声がわき、胸が熱くなった。囃子と舞を高校生だけでしっかりと演じた上根子神楽の「岩戸開き」、かけ声が何度もかかり熱演だった練達の浮田神楽「天降り」等も印象に残った。
二日目。早池峰神楽の中で外川目流といわれる八木巻神楽「稲田姫」は柔らかな美しさに満ちた舞。巴御前の奮闘ぶりを描く胡四王神楽「木曾舞」は、息を呑むような見事で激しい舞が最後にあった。テンポがよく意外に面白かったのが北海道・松前神楽。石見神楽「塵輪」は衣装の豪華さもさることながら、大衆芸能として練り上げられ、見所の多い演目。最後は早池峰大償神楽が身体を目いっぱい使ったメリハリのある舞で締めくくった。
こうして全国の神楽を並べて見ると、改めて神楽と生活の関わりの多様さを知らされる。一方で神事・儀式としてのみ伝承されてきた単調な神楽があれば、他方では人々の中に深く根づき、素晴らしい舞踊性で今なお人々を熱狂させる神楽がある。一晩中、延々と同じようなテンポで進む神楽VS舞の密度の凝集された劇的な神楽。単純な振りを繰り返し、観客が共に参加することで成り立つ神楽VS高い鑑賞眼に鍛えられ、舞踊芸術の域に達している神楽、等々。
ともあれ、この観客ありてこの神楽あり。岩手の神楽の生命力を実感させられた。
2006/8/19 黒川番楽(秋田市)
近くで油田がまだ操業している秋田市郊外の黒川地域。番楽はここ何年も子どもたちだけの発表だったが、今年は久しぶりに大人中心の発表会だという。
始まる前に楽屋では、面や灯明・塩・米を飾った祭壇への拝礼があり、古風で見事な面の数々が並べられていた。
会場の公民館には集落から五、六十名の観客。舞が始まると、「上手になった」「○○さんは三十年ぶりの出演だ」などと語りながら見ている。途中、カラオケの演歌と手踊りも入り、昔懐かしい楽しい演芸会といった雰囲気。
舞は現在できる限りの8演目を上演。振りも演出も、実に素朴で古風。武者舞も立ち回りは五城目の番楽ほど激しくはないが、刀をくるくる回すところでは拍手が起こる。若い舞い手が何人もいて、舞の修練という面ではもの足らなさを覚えたが、最後の「姫舞」は素晴らしかった。
秋田県では番楽の伝承が衰退の一途であり(それには相応の原因もあろうが)、それだけに温かなまなざしで番楽の復興を見守り応援している集落の人々の存在が、とても印象的に感じられた。
それにしても、ここも番楽には獅子舞がない。岩手・青森の神楽はもちろん、鳥海山麓の番楽も「獅子舞」と呼ぶほど獅子が象徴的だが、秋田県内の番楽では獅子舞のないところが少なくない。これは何を意味するのだろうか。

左 伊賀舞/右 剣舞
2006/8/6 北上みちのく芸能まつり・鹿踊公演(岩手県)
詩歌の森公園で3時間、9組の上演。晴天にも恵まれ、広々とした緑の野で鹿踊りをたっぷり鑑賞できた。
9組のうち太鼓踊り系は7組。旧伊達藩を中心に分布する鹿の角・背に長い二本のササラを負う「鹿踊り」だが、今回「行山流(ぎょうざんりゅう)」が4組。改めてその多様さを知らされた。口内鹿踊り(北上市)は江刺の金津流(かなつりゅう)に似ているし、県立大東高校鹿踊部(一関市大東町)の踊りは足を持ち上げる角度が広く、独特(よく修練された溌剌とした踊りだった)。胆沢(いさわ)系と呼ばれる都鳥(ととり)鹿踊(奥州市胆沢区南都田)と三ヶ尻鹿踊(金ヶ崎町)は背のササラが斜めでしかも二本の間隔が広い。さらに、金津流のように踊りの様式が厳しくなく、よく言えば自由であり奔放でもあるが、ともすればバラバラになりがち。同じ「行山流」とはいえ、その地に定着してからかなり個性的なものに育ってきたことをうかがわせた。
金津流のほうは、石関鹿踊(奥州市)が見事な充実ぶり。稽古着のままで解説してくれた梁川金津流鹿踊(奥州市)は足・腰・太鼓等の基本がわかり、非常に面白かった。最後の梁川と伊手の合同は12頭の獅子でスケールが大きく迫力もあったが、踊りの揃わないところが見受けられ、少し残念だった。
旧南部藩からの幕踊り系は、上亰鹿子踊(かみよしししおどり・大槌町)と青笹しし踊り(遠野市)の2組。ともにザイが豊かなカンナガラで、豪快だったが、特に青笹の踊り込んだ獅子の迫力・小さなこどもたちや少女らの可憐さが印象に残った。

左 太鼓系鹿踊/右 上亰鹿子踊
2006/7/16 第1回仙北市伝統芸能フェスティバル(秋田県)
昨年9月に角館・田沢湖・西木の3町村が合併して仙北市になり、これまで田沢湖町で7年続けてきた伝統芸能フェスを土台に「仙北市第1回」として実施したもの。岩手などでは市町村毎の民俗芸能大会はごく普通のことだが、秋田での実施は数か市町村にすぎず、それだけに意義ある催しといえる。
今回の参加は、市内18団体(他に招待として岩手県から梁川鹿踊り)。圧倒的に多いのが飾山囃子(おやまばやし)のお囃子と手踊りで、8団体。9月7〜9日の角館まつり本番を前に、子どもたちの日ごろの練習成果を発表する大事な場でもあるようだ。改めて、この地は「飾山囃子文化圏」だと思う。角館の「田口民謡会」は大人だけの踊りで、長年踊り込んできた大人の女性ならではの魅力を味わわせてくれた。
ほかは、中学生2人の民謡独唱(よかった!)や太鼓演奏、仙北で唯一の番楽(娯楽性もあり、しっかりした伝承)、田植踊りなど、多彩だったが、今回の目玉の一つは、獅子踊り3団体の競演。角館の白岩ささら「ねまり」(盆には4日間各家々をまわって踊る)と西木の戸沢ささら「女獅子ぐみ」(秋田でも独特の装束と踊り方)、それぞれ特徴がよく出ていたし、何といっても最後の岩手・金津流梁川鹿踊りが圧巻で、5時間近くのフェスティバルを見事に締めくくってくれた。

左 拳囃子/右 白岩ささら
2006/7/1 伊豆山神社獅子(秋田県大仙市大曲)
“川を渡る梵天”で有名な伊豆山神社。そこの獅子が毎年7月1日から15日まで花館地区を中心にまわる。たいていは玄関先での簡単な舞だが、申し込まれた家では座敷に上がり、20分余り獅子舞と山の神舞を舞う(新築・年祝い・毎年希望している家、等)。
演ずるのは仙北中から集まってきた神官さんたちで、交代交代で2週間を務めていく。ほとんど全員が交替で太鼓・笛・鉦・舞をおこない、それがなかなかの水準。きりりとした見事な囃子と舞が、生活の中に当たり前のように存在している不思議さ。
素敵な文化だ、と思う。

右 山の神舞
2006/6/25 黒森神楽 神人和楽(岩手県)
今なお廻り神楽を続けていることが評価され、この3月に国重要無形民俗文化財に指定されたことを記念しての黒森神楽の公演。グリーンピア田老の体育館で、午前10時から午後5時半近くまで13の演目をたっぷり上演。
幕開きは「シットギ舞い込み」。臼のまわりで“七つ物”を舞った後、シットギを観客の額につけてまわる。嬉々として応じる人々。なんとも和やかな雰囲気だ。
「打ち鳴らし」は小気味良いテンポで、途中激しくなった時のビート感の素晴らしさ。
「榊葉(さかきば)」は、入門者が一番初めに習う舞とのことだが、高校一年の少年が驚くほど高くジャンプしたり、後ろに反りながら回転する海岸地方の神楽独特の振りを猛スピードで連続して行ない、客席から拍手喝采。素晴らしい舞い手の出現を皆が喜んだ。
「山の神舞」の圧倒的な迫力、赤装束の鬼面が客席を走りまわる「大蛇退治」、様式的でありながら驚くほど仕草がリアルな「恵比寿舞」、方言でのやりとりに客席が沸く狂言「粟蒔き」。多彩な要素で観客を楽しませ、最後は観客の頭を噛んだあと、厳粛に権現を舞わす「舞立ち」。 まさしく今の時代に、瑞々しく生きている芸能の魅力を堪能させられた。

左 舞込み/右 山の神舞
2006/6/18 朴舘家神楽公開(岩手県一戸町)
一戸町小鳥谷(こずや)の豪農・朴舘(ほおのきだて)家の民家で上演される恒例の神楽。町内6つの神楽が毎年2団体ずつで、今回が11回目だという。今年は中山神楽と女鹿(めが)神楽の出演。
冒頭の舞い込みと下舞・権現舞が中山神楽で、これが絶品。メリハリ、緩と動、美しい型、歯噛みの迫力。
以前、八戸の神楽を見に行った時、八戸の山伏神楽は岩手の“中山手”と“江刺家手”、二つの系統から来ていると説明があったが、この“中山手”こそ中山神楽。(あとで八戸法霊神楽の権現舞の映像を見たら、若干の共通点はあるもののすっかり別物になっていたが) そして舞は断然、本家本元の中山神楽のものがいい。
おもしろいことに中山神楽では、八戸で“中山手”として盛んにやられていることを全く認識していなかった。交流が生まれていけば、おもしろいと思う。
中山神楽は、他には女子高生4人による「不尊荒神」。女鹿神楽は青年二人がそれぞれ「虎の口」と「三番叟」を一人で。舞自体はこれからだが、ともかく若い伝承者の参加が頼もしく、今後を期待したい。
上演の途中、客席に串餅の振舞いがあった。

左 朴舘家/右 中山神楽「不尊荒神」
2006/6/11 宮城県青年文化祭郷土芸能部門(黒川大会)
宮城県青年団連絡協議会主催で今回が第55回。大郷町文化会館が会場で、合唱・演劇・人形劇・のど自慢等も含め、一日かけての文化祭であった。郷土芸能(民俗芸能)は4団体の参加。全国青年大会には3年前から2団体の出場で、全国でも参加は全部で10団体内外なので、宮城の活況ぶりが知れる。
今年の出演は、まず、女川町江島法印神楽保存会「初矢」。法印神楽の最初に舞われる一人舞い。悠然とした格調ある舞をしっかりと舞っていた。(舞い手は青年だが、囃子は保存会の人たち)
二番目は、神取給人町青年会(桃生町)の法印神楽「笹結び」。こちらはスサノオノミコトが悪鬼(二匹)を退治するという劇的な舞。スサノオの白面に対し、鬼は黒面。頭に本物の笹の葉を大量につけ、いかにも異様である。立ち回りが見所だが、静と動の対比が見事。バシッと腰を落として決めるところが格好よい。
続いて、寺崎青年会(桃生町)の「はねこ踊り」。頭に手拭いをした大勢の赤い着物の女性たちと野良着の男性二人が跳ねまわる開放的な踊りで、若々しさと躍動感で、これまでも全国大会で最優秀賞を受賞している。それも納得という感じ。
最後は三ヶ内神楽保存会(大和町)の「山の神」。芝居仕立ての“南部神楽”が明治以降、大流行で、それまでの法印神楽を衰退させ、「鶏舞い」以外の式舞は滅多に見ることができないだけに、今回一番見たかったものだ。「みかぐら」の動きを基本にしながら非常にテンポが速く、密度の濃い見ごたえのある舞だった。鳥兜に、面は赤茶の荒面。はじめは御幣と白扇、次いで米のお膳を持ち、後段、面をはずしてからは刀を抜いて、さらに激しい躍動的な舞となる。これだけの運動量を要する舞は、まさに青年ならではのもの。今後より精進し、踊りこんでいってもらいたい。
その後、郷土芸能(創作芸能)として、創作太鼓2団体の発表があった。
三ヶ内神楽「山の神舞」
2006/6/4 胆沢郷土芸能まつり(岩手)
町村合併で奥州市になったばかりの岩手県胆沢町。「郷土芸能まつり」は今回が40回目とのこと。出演は念仏剣舞が4、神楽2、田植踊り1、特別出演3の計10団体。
念仏剣舞は、南下幅(膳舞・一人怒物)、大畑平(本剣舞)、化粧坂(四番庭)、市野々(刀引き)。いずれも和賀北上の鬼剣舞と同系統だが、面がより大きく、振りや装束が洗練されておらず、しかし土のエネルギーともいうべきものをより感じさせる。おそらくこちらのほうが古風なのであろうが、その違いを生み出したものは何か考えさせられる。
一人怒物(いかもの)は5演目もあり、その中の「三方七巡り」という祈祷色の濃い舞だった。大畑平は女性だけの剣舞。市野々はダム建設で中断を余儀なくされながらの伝承ということだった。
神楽は、西風神楽は「宝剣納」で、舞い手は15歳の少年。これからが楽しみだ。狼ヶ志田神楽は「牛若丸椿ヶ宮参詣の場」。源氏再興のため、牛若が四国・伊予の国の鬼一法眼の巻物を得るため、身を偽って奉公人となる。しかし、法眼は疑いを抱き、弟子たちに殺害させようとするというストーリー。一体どこからこんな物語を持ってきたのか。義経物のふくらみ方は驚くほどだ。演技はベテラン勢の見ごたえのあるものだった。
田植踊りは都鳥田植の「本田植」。えんぶりと弥十郎のかけあいで、「朝はか」「草刈り」「お倉見廻し」等々を鞨鼓(かっこ)と奴(やっこ)が舞で表現していく。非常に躍動感のある力強い舞踊だった。
特別出演は、若柳小学校「御神楽」(高学年男子8名)、岩谷堂農林高校「金津流鹿踊り(島霧)」、北上翔南高校「鬼剣舞(一番庭ほか組踊り)」。高校生が青春のありったけをぶつけて取り組んでいる踊りは、さすが見ごたえあり。鬼剣舞では白面が女性で、なかなかの踊り手だった。
岩谷堂農林「鹿踊り」は今夏、全国高文祭へ出場の由
2006/5/20 五城目町番楽競演会(秋田県)
30年以上前に初めて見たとき、武者舞の迫力が強烈な印象だった。舞台両側の大勢の板叩きの音とかけ声に囃したてられながら、刀を打ち合うその熱気。全身を躍動させながら、リズミカルでエネルギッシュ。歌舞伎のような型の連続のたちまわりなど吹っ飛んでしまう秋田の農民の土くさい力強さ。それがここの番楽の最大の特色であり、魅力だと思う。
しばらく見ていなかったが3年前久しぶりに見て、参加団体の減少(かつては町内4つの番楽が文字通り競演していたのが3団体、しかも1団体はお爺ちゃんの口上のみ)が気になった。立ち回りも以前ほどの迫力は感じられなかった。
そして今回。番楽は山内と中村の2団体になっていた。「露払」と「曽我兄弟」(いずれも山内)の舞手は、実の兄弟で、弟さんは今回がデビューという若々しい舞ぶり。中村番楽の「屋島」はベテラン二人で、さすが!という舞だった。二人舞ではあるが岩手の「屋島」と異なり、片方は長刀を使い、せめぎあう。腰の据え方や力感が見事。
「山の神」(山内)は、真ん丸い目玉の灰色の面をつけた、どこかユーモラスでおっとりした舞。種まきの所作があり、途中、折敷舞的な部分もある。「山の神」のイメージの違いがこんな舞をつくらせたのか。これも他には例がないのではないだろうか。
今回は初めて中村番楽の「三番曳(ママ)」「おかめ」「鳥舞」も見ることができた。いずれも洗練されない土つきのまま、という感じ。「鳥舞」なども野暮ったい舞だなあと思って見ているうちに、後半はテンポが速く力強い動きで引き込まれてしまう。
笛が「屋島」を除いて吹かれておらず。復活できないものだろうか。詞章を語るおじいちゃんの”口唱歌”が笛の代わりで、それなりの味はあるのだが。
なお、「内川ささら」の獅子舞と奴踊りを、内川小学校の子どもたちが発表した。子どもたちが伝承するようになり、13年目だという。子どもたちは一生懸命やっているのだが、手本となるべき大人の舞がしっかり継承されてないと難しいという印象を持った。
2006/5/13 寒河江の田植踊り(山形県)
日本歌謡学会の春季大会が「東北の田植踊り歌」のテーマで、寒河江市で開催され、基調講演のあと、「日和田弥重郎花笠田植踊り」と「中郷田植踊り」の実演があった。あまり見る機会がないのだが、山形県には40ヶ所に田植踊りがあり、寒河江市には6ヶ所という。系統の異なる2団体が出演した。
「日和田弥重郎花笠田植踊り」は、”弥十郎系”と呼ばれる。弥十郎は農作業をとりしきる中心だが、ここでは大きめの面をつけた爺と婆である。絣衣装の4人の早乙女(花笠をつけている)の前で、爺と婆が踊っていく。伴奏には三味線も入っており、語りなども歌舞伎がかっているのは、いかにも山形らしい。弥重郎の踊りは屈伸が多く、腰が低く、力感がある。ただ、6人とも終始その場で踊る。
九月の八幡神社祭礼の宵宮に奉納されているという。保存会長は現・寒河江市長。
「中郷田植踊り」は”テデ系”。テデ棒と呼ばれるエンブリ棒(馬の尻尾の毛や金輪をつけている)を持つ踊り手3人と、中太鼓を胸につけ細長いバチを巧みにまわしながらの踊り手2人が前列に並び、後列は笠に垂らした赤い布で顔を隠した早乙女5人。こちらは三味線はつかず。
早乙女の踊りの振りは大きく、また、中太鼓の動きは軽やかで、テデ棒の踊りがアクセントをつけ、多様な要素で構成されている。全員その場で踊るのは先と同じ。また、田植踊りの後、「こくだん舞」という囃子舞が上演された。
岩手の田植踊りを見慣れている目には、これらは珍しいものだった。会場を埋めた大勢の観客からも、これら民俗芸能が山形では大切にされていることが感じられた。
さて、その後シンポジウムが行なわれ、3人のパネリストがそれぞれ「田植踊りの構成ー朝・昼・日暮の田植踊歌」、「東北地方の歴史風土と田植踊の特質」、「田植踊歌の風流ー村山地方の田植踊歌と近世流行歌謡」を述べ、それぞれ面白かったのだが、いかんせん時間不足で、会場からの発言が2人だけでタイムアップ。討論はこれから、というところだった。
ともあれ、各県で田植踊りの研究はやられてきたが東北全体を対象にしての研究会はおそらく初めてだったろうし、また東北だけにしかない田植踊りが全国の芸能とどのような関連をもっているのか、多大な刺激を受けた。
2006/4/29 胡四王神楽(岩手県)
花巻市の賢治記念館すぐそばの小高い山の頂に胡四王神社があり、例祭に神楽殿で胡四王神楽が上演された。この神楽は早池峰系の中でも後継者に恵まれ、レベルの高さに着目させられてきた。
この日は「鳥舞」「三番叟」「八幡舞」「天王舞」の4番。最初から三つはこどもたちが演じ、最後の「天王舞」は青年たちの上演。
子どもたちの舞いも様になっている。「鳥舞」で鈴木を振る柔らかなニュアンスなど、なかなか。「三番」のきびきびした小気味よさ。「八幡舞」然り。青年たちの「天王舞」の充実は言うまでもない。
練習は年中通してではなく、上演がはっきりしてから集中して、とのことだったが、いったいどうやって舞の勘所が受け継がれているのか。何か秘策でもあるのだろうか。
胡四王神楽「鳥舞」