二〇〇八年十二月上演用

ミュージカル
「二本杉よ永遠に」
(増田盆踊り誕生秘話)

          作・振り付け・作曲・演出 菊池 正平

場面構成
プロローグ 現代

第一場   嘉吉三年のある日
第二場   貞治二年の春先
第三場   貞治二年の春先の昼下がり
第四場   城の一室
第五場   同じく城の廊下
第六場   翌日 城の大広間
第七場   前の場をひきついで
第八場   嘉吉三年のある日(第一場)
第九場   儀式の前日 領内の辻
第十場   儀式の前夜 城の一室
第十一場  前日深夜
第十二場  儀式当日
第十三場  一ヵ月後
第十四場  嘉吉三年のある日(第一場)
第十五場  その数日後

エピローグ 現代

 キャスト
   少女
   ダンスの人々

   土肥三郎
   老婆
   土肥三郎の家臣 1,2、3

   小笠原義冬
   奥方
   乳母玉乃(後の老婆)
   愛姫
   家老
   小笠原義冬の家臣 1,2,3、4
   腰元たち 1,2,3,4

村人たち 1,2,3
僧侶
童歌の子ども1,2,3,4


   
プロローグ
現代。前奏曲。引き続いて増田の子どもたちが郷土をたたえて歌い踊る。
 私のふるさとは
 緑(みどり)豊(ゆた)か 水(みず)清(きよ)く
 めぐる季節(きせつ) 鮮(あざ)やかに
 歴史が光る 蔵(くら)の町
 増田 私の町
 大人も子どももお年寄(としよ)りも 
 みんな ここに生きる
 
中から一人の少女ぬけだして。
少女 「私が住んでいる増田は歴史のある蔵の町です。今でも生活の場、商売の場として生きています。春には真人(まと)公園の桜が人々の目を楽しませ、夏にはたらい漕(こ)ぎが競(きそ)われ、花火が盛大(せいだい)に打ち上げられます。秋にはりんごが   たわわに実(みの)り、冬は勇壮(ゆうそう)なぼんでん祭りで町(ちょう)内(ない)が活気(かっき)づきます。歴史と伝統が息(いき)づ   いている町。私の大好きな町。けれどもこの町にも悲しい物語がありました。毎年夏に踊られる増田盆おどり。この盆踊りにま   つわるお話です。みなさんご存知ですか?増田小学校にそびえている杉の木を。二本杉。これは室町時代に当時のお殿様   によって植(う)えられたものだそうです。この杉の木にまつわる話しを私は知ることができました。増田盆おどりの由来(ゆらい)とな   っているお話です。時は今から六百年ほど前にさかのぼります。
増田城が築城(ちくじょう)されたのが貞治(じょうじ)2年、西(せい)暦(れき)1362年の春。建(た)てたお殿様(とのさま)の名前    は小笠原義(よし)冬(ふゆ)。それから約80年後に小笠原義冬(よしふゆ)は今の大仙(だいせん)市にあった楢岡城(ならおかじ   ょう)へと移っていきました。替(か)わって城には新しいお殿様をお迎(むか)えしたのです。」

第一場
嘉(か)吉(きつ)3年(1443年)のある日。(増田に昔からあった)「童歌(わらべうた)」が聞こえてくる。
老婆(ろうば)を囲(かこ)んで子どもたちが童歌に興(きょう)じている

   とんび とんび 回れ
   蛇(へび)ける 大きく 回れ 回れ

   からす 母(かっ)ちゃん とび 父(とっ)ちゃん
   すずめコ 兄(あん)コ 燕(つばくら)嫁(よめ)コ
   蚯蚓(めめじ)ぁ 女中(めらし) 蛙(びき) 下男(やろ)コ
   石場サ ぶつかて ググギャ

遠くから馬のひづめの音が聞こえだんだん近づいてくる。いななき。
「殿のおなり〜」という声
老婆「さあ、(声のする方を気にしながら)今日はこれまで。いそいでここを立ち去(さ)るのじゃ。ホレ気をつけてナ」
子どもたち慌(あわ)てて立ち去る。残った老婆、二本杉の根方(ねかた)でかしこまる。
この城の新しい主(あるじ)となった殿(土肥(どい)三郎(さぶろう))が家(か)臣(しん)を引き連(つ)れて現(あらわ)れる。
土肥「ほ〜、良い眺(なが)めじゃ。これはまた見事(みごと)な杉の木が・・・ン」老婆を見つけて不審(ふしん)のおももち。
家来1「あやしいやつ。名をなのれ」
家来衆(けらいしゅう)数名老(ろう)婆(ば)を取り囲(かこ)む。
老婆「けっして怪(あや)しいものではございません。おゆるしを」
家来2「どうしてここに居(お)るのか?その訳(わけ)を申(もう)せ」
土肥「良いではないか。ゆるしてやれ。見れば相当(そうとう)の年。何か仔細(しさい)あってのことであろう。のう、おばば」
老婆「もったいないお言葉(ことば)。ありがたき幸せにございます。殿のご前(ぜん)を汚(けが)しましたことおゆるしくださいませ。私は前(まえ)の 奥方(おくがた)様(さま)、お姫様(ひめさま)にお使(つか)えしておりました乳母(うば)の成(な)れの果(は)て。名は玉乃    (たまの)。訳(わけ)あってこの二本杉の守(もり)をしておるものでございます」
土肥「はて、その訳(わけ)とは。(と杉の木と老婆を訝(いぶか)しげに見比(みくら)べる)もし構(かま)わなければ話してみてくれぬか」
家来3「殿、この様なみすぼらしい老婆(ろうば)のたわごとを」
家来1「エエイ、とっとと消(き)えぬか」
土肥「やめぬか。見れば見るほど見事(みごと)な杉の木二本。最前(さいぜん)より不思議(ふしぎ)でならなかったのじゃ。そなたの申   (もう)すとおりよほどの訳(わけ)があったに違(ちが)いない。聞かせてくれぬか。お前たちは下がってよい」
家来1「しかし・・・」
家来2「殿・・・」
家来3「殿の身に何か・・・」
土肥「心配要(い)らぬ。お前たちは城中(じょうちゅう)の手配(てはい)をおこたりなく、さあ」
家来たち不承不承(ふしょうぶしょう)立ち去る。殿は老婆(ろうば)に向き直る。
土肥「さあ、それではじっくりと話して聞かせてくれ。先(さき)ほどこの二本杉の守(もり)をしておる・・・とか言って居(お)ったが、どういうことかの。新しくこの地を収(おさ)めるものとして、この城のことを詳(くわ)しく知っておきたいのじゃ、話してくれ」
老婆「それではお聞きくださりませ。・・・前のお殿様がこのお城を建(た)てられましたのは今からおよそ80年前の春のことでございました。地(ち)の利(り)を求(もと)めて 三俣城(みつまたじょう)からの移築(いちく)を計画(けいかく)なさいました。お殿様の新しい    時代が開(ひら)ける・・・と家臣(かしん)はもとより私ども奥方(おくがた)様(さま)にお仕(つか)えするものたちも大喜(おおよろこび   )びしたものでございます。」

老婆の語りにつれて照明(しょうめい)次第(しだい)に暗(くら)くなり
貞治(じょうじ)2年の春先(はるさき)

第二場
時は戻り、貞治(じょうじ)2年(1363年)の春先。
村人1「オーイ早く来いよ」
村人2「まあそう急(いそ)ぐな急(いそ)ぐな」
村人1「やっと雪もとけて田(た)仕事(しごと)に良い時期(じき)
になったんだ、のんびりしてられっか」
村人2「お前はいつもせっかちだな」
村人3「おい見ろや。しばらく見ねえうちにお城もすっかり出来上(できあ)がったな」
村人2「本当に見事(みごと)なものじゃ」
村人3「城入(しろい)りは何時(いつ)になるんだべか」
村人1「もう3(さん)、4(よっ)日(か)もすれば移(うつ)ってくるんでねえか」
村人2「そう言(い)えばこの間(あいだ)わしは愛(あい)姫(ひめ)様(さま)に出会(であ)ったぞ」
村人3「どこで」
村人2「ホレ成瀬(なるせ)川(がわ)の川べりでよ。わしはバンゲのおかずにしようとバッキャ採(と)りをしておった。そしたら三俣城(みつまたじょう)の方(ほう)からお供(とも)の方を引き連(つ)れてやってこられた、という訳(わけ)よ」
村人1「それはまためずらしい」
村人2「あれぁ新(あたら)しいお城を見に来たんだべなきっと。姫様はますます可愛(かわい)らしくなっておられた。抜(ぬ)けるように色白での。おら家(え)のガキどもとは月とスッポンじゃ」
村人3「お前(め)の家(いえ)のガキはひでえからナ」
村人2「ばか言え。そんでもおら思わず手を合わせて拝(おが)んでおった」
村人1「わしも見たかったナ」
村人2「どんなもんじゃ、へへ」
村人1「おっそれより早く行くべ。昼(ひる)になっちまう」
村人3「そうじゃそうじゃ行くべ行くべ」
村人1、2「仕事じゃ、仕事じゃ」
立ち去る。

第三場 
同じくその日の昼下(ひるさ)がり。童歌が聞こえてくる。
     がん がん 渡(わた)れ
     大きな がんは先に
     小さな がんは後に
     がん がん 渡れ
乳母(うば)(老婆(ろうば)の若(わか)かりし頃(ころ)の姿(すがた))お抱(かか)えの腰元(こしもと)たちを相手に遊び戯(たわむ)れている姫(前景(ぜんけい)の童歌と同じ)
乳母「姫様、ごらんなさい。こぶしの花が美しく咲(さ)き乱(みだ)れておりますよ」
腰元1「ほんに、見事(みごと)な咲(さ)きよう」
腰元2「雪に閉(と)ざされた増田の長い冬もようやく終わり、また芽吹(めぶ)きの春がやってきたのでございますね」
乳母「姫様、百姓衆(ひゃくしょうしゅう)が野良(のら)へ出ていそがしく働(はたら)く姿(すがた)が見えますよ。ごらんあれ」
腰元3「そういえば玉乃(たまの)様、新しいお城の工事(こうじ)もおおかた終(お)わったとか」
腰元4「もうすぐ完成(かんせい)でございますね」
腰元2「これで民百姓(たみひゃくしょう)も落(お)ち着(つ)きを取り戻(もど)すことでしょう」
乳母「戦(いくさ)続(つづ)きで不穏(ふおん)な都(みやこ)のうわさがこのみちのくまで伝わってきてからというもの領民(りょうみん)の心もすさみきっておりましたからね」
 「あっ綺麗(きれい)な蝶々・・・」と舞台奥に駆(か)け寄(よ)る
腰元1「姫様あぶのうございます」
腰元3「おけがをなさいますよ」
腰元4「玉乃(たまの)様(さま)、最近(さいきん)姫様のことで気がかりな噂(うわさ)を耳にいたしましたが・・・」
乳母「しっ、このような場所(ばしょ)ではしたない。姫様のお耳に入ったらなんとする」
姫の花をつむあどけない姿を見ながら嘆(なげ)く。
乳母「それにしてもほんにかわいらしいお姿(すがた)。それなのに・・・おかわいそうに」
姫をいたましそうに見守る乳母、腰元たち。
暗転

第四場 城の一室
奥方「人柱(ひとばしら)の件、どうしても姫でなければならないのでしょうか?たった一人の私たちの娘(むすめ)。・・・そのお話しを聞いてからというもの私はこの胸(むね)が張(は)り裂(さ)けそうで夜(よる)も寝(ね)られず、生きた心地(ここち)がいたしません」
殿 「奥(おく)、そなたにはつらい思いをさせて相(あい)すまぬ。つらいのはわしとても同じ。しかし、しかしながらこれはもう引(ひ)き返 (かえ)せぬことなのじゃ。城の普請(ふしん)もあともう一息(ひといき)。都(みやこ)から遠(とお)く離(はな)れた増田とは言え、世情   不安(せじょうふあん)な今日(きょう)この頃(ごろ)、民(たみ)の心も波(なみ)立(だ)っておる。このような時であるからこそ領民(りょう  みん)に明るい希望(きぼう)を持(も)ってもらわなければならぬのじゃ」
奥方「だからと言うてなにもわが子を・・」(泣く)
殿 「好(す)きこのんで決(き)めたわけではない。だがこれはしかたの無いことなのじゃ。新しい城が築(きず)きあがった暁(あかつき)には城の守(まも)りを固(かた)めるために穢(けが)れの無い命(いのち)をささげる。これが神仏(しんぶつ)よりこの度(たび)申(もう)し   渡(わた)されたお告(つ)げ。曲(ま)げることはできぬ。わかってくれ奥(おく)」
奥方「あなた・・・」
殿 「せめて残された日々(ひび)を精一杯(せいいっぱい)姫とともに生き抜(ぬ)こうぞ」

第五場 同じく城の廊下。
腰元1,2上手からお膳をささげ持ち、下手から酒と盃を持つ腰元3,4踊るように登場。
中央できまる。
腰元1「奥方様はお出ししたお食事にはいっさい手もつけられず・・・」
腰元2「この所何もお食べになりまん・・・」
腰元3「お殿様はお気をまぎらすためか」
腰元4「日の高いうちからお酒を飲まれてばかり・・・」
腰元1「私たち、気が気ではなく」
腰元全員「心配で、心配で・・・」
互いにおじぎをしあって、足早に退場する。

第六場 第四場からの翌日(よくじつ)。
城の大広間(おおひろま) 居並(いなら)ぶ家臣たち不安な面持(おもも)ちで互(たが)いに小声(こごえ)でささやきあっている。
「殿のおなり〜」(陰で)
一同平伏(へいふく)する。殿着座(ちゃくざ)。
殿 「皆のもの面(おもて)を上げ。・・・さて城もすでに完成(かんせい)。ここ三俣(みつまた)城(じょう)よりの武(ぶ)     具(ぐ)、家 財(かざい)の運搬(うんぱん)も滞(とどこお)りなくすんだ。礼(れい)を申(もう)す。このとおりじゃ」
一同平伏。
家老「もったいなきお言葉」
殿 「明日(あす)はめでたく増田(ますだ)城(じょう)へ城(しろ)入(い)りとあいなった。ついては準備万端(じゅんびばんたん)おこたりなく 城(しろ)入(い)りを執(と)り行いたい。そこで、じい・・・そなたのさしずで、よろしくたのむ」
家老「ははーっ」
殿 「皆(みな)のものに知っておいて欲(ほ)しいことがある」
顔を見合わせる一同。
殿 「新しい城は今後(こんご)わが領地(りょうち)の礎(いしずえ)となる城。末永(すえなが)くここ増田の地を守(まも)り抜(ぬ)くことであろう。どんな敵(てき)も、悪霊(あくりょう)のたたりも追(お)い払(ばら)い、武運(ぶうん)長久(ちょうきゅう)、領民(りょうみん)の安寧 (あんねい)を願(ねが)って城の北西(ほくせい)の方角(ほうがく)に人柱(ひとばしら)を捧(ささ)げることといたした。その人柱(ひとばし  ら)となるものは無垢(むく)なる幼子(おさなご)と雄々(おお)しき牛(うし)一頭(いっとう)。ともに地中深(ちちゅうふか)く埋(う)めなけ   ればならぬ。そこでその人選(じんせん)じゃが(苦渋(くじゅう)の面持(おももち)ち)・・・わが姫を人柱(ひとばしら)として捧(ささ)げる  ことに決めた」
息(いき)を呑(のみ)みながらやはりと顔を見合す一同。驚(きょう)愕(がく)の色を浮(う)かべる。
殿 「儀式(ぎしき)は城(しろ)入(い)りの晩(ばん)に執(と)り行うことといたす。それまでに然(しか)るべき場所(ばしょ)に五尋(ごひろ)の穴(あな)を掘(ほ)っておくよう申(もう)し付(つ)ける。」
家老「殿、何がなんでも人柱(ひとばしら)は姫様でなければならないのでございましょうか?それならばいっそこの爺(じい)を身代(みが)わりに・・・」
家臣「いえこの私めを」「私を」「身代わりに」など口々に。
殿 「何を申(もう)すか爺(じい)、皆のものもよく聞け。恐(おそれ)れ多(おお)くも神仏(しんぶつ)にささげる大切(たいせつ)な人柱(ひとばしら)。玉(たま)のように無垢(むく)で純(じゅん)真(しん)なものでなければならぬ。そなたたちの心(こころ)遣(づか)いには礼を   申す」
家老「殿・・・」無念(むねん)の涙(なみだ)。詰(つ)め寄(よ)る家臣(かしん)たち「殿・・・」
殿 「申し渡(わた)すことは以上(いじょう)じゃ。皆(みな)のものさがってよい」
一同胸(むね)に落ちぬ風情(ふぜい)で退(たい)席(せき)。家老だけが残り、何か言いかける。
家老「殿・・・しかし・・・」
殿 「爺(じい)、お前もじゃ。一人にしてくれ」
不承不承(ふしょうぶしょう)家老も退席。
誰もいなくなると次第に明かりが殿にしぼられる。

第七場 前場に引き続いて。
殿 「ゆるしてくれ・・・姫。わしとてもお前を人柱などにしたくはない。しかし城の主(あるじ)としてわしは決めねばならぬのじゃ・・・」

ゆるせよ わしの大事な姫
お前は私の宝(たから)だった
玉のようなお前を授(さず)かったとき
私は天に祈(いの)った
すこやかに育てと
それなのに・・・

泣く。暗転。

第八場 再び1443年の土肥三郎と老婆
老婆「あの時、あれほど愛しておられたお姫様を人柱(ひとばしら)にささげる決心(けっしん)をされたお殿様の心中(しんちゅう)を知るものは多(おお)くはいませんでした。むごい事を、とみな陰(かげ)ではお殿様をうらみ恐(おそ)れる気持ばかりでした」
土肥「わが子への愛(あい)と領主(りょうしゅ)としての責任(せきにん)の板(いた)ばさみ。どれだけお辛(つら)かったことか。」
老婆「はい、それからというものお殿様のご様子(ようす)にはただならぬものがありました。もちろん奥方(おくがた)様(さま)もご同様(どうよう)。一晩(ひとばん)で見るかげも無くおやつれになり目にはたえず涙(なみだ)をたたえておられました」
土肥「むごいことじゃのう」
老婆「その日の夜からご家来衆(けらいしゅう)数十(すうじゅう)人(にん)が入れ替(か)わりたちかわりこの場所(ばしょ)に穴(あな)をほりました。皆(みな)血の涙(なみだ)を流しながらの作業(さぎょう)でございました。・・・深(ふか)さ五(ご)尋(ひろ)と言いますから、大   人(おとな)でしたら6、7人が肩車(かたぐるま)してもかなわぬ深(ふか)さでございます。穴の回りには幕(まく)が張(は)られ、夜に   なりますと赤々(あかあか)とかがり火(び)が灯(とも)されあたりを照(て)らしておりました。何(なん)とも言えぬ悲(かな)しみの気配   (けはい)が張(は)り詰(つ)めており、姫様と一緒(いっしょ)に埋(う)められることに決められた雄牛(おうし)もしきりに泣(なき)き声    (ごえ)をあげておりました。・・・殿様(とのさま)じきじきにわが子を生き埋(う)めにする、という噂(うわさ)はたちまちのうちに御領内   (ごりょうない)につたわり百姓町人(ひゃくしょうちょうにん)にいたるまで皆(みな)悲(かな)しみにくれたのでございます」

第九場 前日、領内の辻
村人1「おい、聞いたかや。お城では明日(あした)姫様が生き埋(う)めになるとよ」
村人2「あの幼い姫様がか?」
村人1「むごいことよの」
村人3「新しいお城ができて目出度(めでた)いことと大(おお)喜(よろこ)びしていたのにのう」
村人2「人形様(にんぎょうさま)のように可愛(かわい)いお姫様なのに。どうにかならないものかのう」
村人1「何でも夜になってから執(と)り行われるそうじゃ」
村人2「わしらもお弔(とむら)いに行かねばならぬのう」
村人3「奥方様はお悲しみだろうな」
村人1「おかわいそうに。なんまんだぶなんまんだぶ・・・」
皆城の方角にむかって手を合わせる。

第十場 前夜
殿様、そわそわと動き回っている。奥方様は物思いに沈んでいる様子でじっと座って動(うご)かない。
乳母「愛姫(あいひめ)様をお連れいたしました」
殿 「おお姫か、よう来た。よう来た」
奥方様(おくがたさま)立ち上がり姫の手をとって。
奥方「姫ようおいでた。今宵(こよい)は暖(あたた)かな春の陽(よう)気(き)。ゆるりとお話でもしてすごしましょうね」
姫 「母上様、今夜(こんや)はずっと一緒(いっしょ)で良(よ)いのですか?姫はうれしい」
奥方「そうであろうそうであろう。お話(はな)しだけと言わず今宵(こよい)は姫とともに枕(まくら)を並(なら)べて一つ布団(ふとん)でお休(やす)みしましょう」
姫 「本当(ほんとう)?」
殿 「姫、明日(あした)はいよいよ新しいお城に移(うつ)る日じゃ。姫もよう心しておけよ。明日(あした)は真っ白なおべべを着(き)て、身(み)も心も清(きよ)めてお城に入るのじゃ。良(よ)いな」
姫 「はい」
殿 「姫は良い子じゃ。ほらご覧(らん)。お月様に霞(かすみ)がかかって、綺麗(きれい)じゃの・・・奥(おく)、そなたもこちらに来て一緒(いっしょ)に眺(なが)めぬか」
袂(たもと)で涙を拭いていた奥方何事(なにごと)も無かったかのように寄る。
姫 「美しいお月様。父上(ちちうえ)、母上(ははうえ)とこうして眺(なが)めるのは久しぶりでございます」
奥方「ほんに・・・」
殿 「そうであったのお」
奥方「すっかり大きくおなりだこと」
離れて乳母涙を拭(ふ)いている。
姫 「母上(ははうえ)も玉乃(たまの)もどうしてないているのですか?姫はこんなに楽(たの)しいのに」
姫 「そうそう母上、今日も玉乃(たまの)と一緒(いっしょ)にお歌を歌って遊(あそ)びましたよ。聞かせてあげますね」
と童歌を口ずさむ。
    がん がん 渡れ 
    大きながんは 先に
    小さながんは 後に
    がん がん 渡れ  
いつの間にか霞(かすみ)は消え、月が煌々(こうこう)と輝(かがや)き始(はじ)め、愛姫以外(いがい)身(み)じろぎもせずじっと何かに耐(た)えている様子(ようす)。
次第(しだい)に明かり姫に絞(しぼ)られてゆき、やがてその明かりも消える。

第十一場 前日深夜。
上手(かみて)の一角(いっかく)に幕(まく)が張(は)られている。その中からズンズンと穴を掘(ほ)り返(かえ)す音がしている。
鍬(くわ)を片手(かたて)に二人の家臣(かしん)1,2が幕の中に入っていく。
幕内(まくうち)で。
家臣1「おのおの方ご苦労(くろう)。まだ大分(だいぶ)掘(ほ)らねばならぬの」
家臣4「もう交代(こうたい)か」
家臣3「それではよろしく頼(たの)む」
家臣2「夜通しかかるかもしれぬな」
家臣3,4が幕内(まくうち)より大汗(おおあせ)をふきながら出てくる。
家臣4「それにしてもつらい仕事(しごと)でござる」
家臣3「いかにも。あの深(ふか)い穴(あな)にわが子を生(い)き埋(う)めにするなど・・・考(かんが)えただけで身震(みぶる)いがするわ」
家臣4「しっ声が高い」
家臣3「早く汗を流すといたそう」
土を掘り返す音が続く中明かりが消えていく。

第十二場 前景(ぜんけい)のまま、明かりのみ落ちて夜となる。今にも降(ふ)り出しそうな雨雲(あまぐも)におおわれている。かがり火に明かりがともると居並(いなら)ぶ僧侶(そうりょ)。家臣(かしん)一同(いちどう)、腰元(こしもと)たち、押(お)しかけた近郷(きんごう)近在(きんざい)の村人たち。
穴掘(あなほ)り係の侍数名(さむらいすうめい)鍬(くわ)を手に待機(たいき)している。
僧侶(そうりょ)の読経(どきょう)の合間(あいま)を縫(ぬ)って雄牛(おうし)の泣(な)き声(ごえ)が幕(まく)内(うち)より聞こえている。家老登場(とうじょう)。
家老「みな準備(じゅんび)はととのったようじゃな。間(ま)もなく殿(との)のおでましじゃ。くれぐれも粗相(そそう)のないように」
一同「はっ」
殿様登場。
殿 「一同のもの大儀(たいぎ)。只今(ただいま)より増田城築城(ちくじょう)完成(かんせい)にあたり、悪霊怨霊(あくりょうおんりょう )のたたりを鎮(しず)め、城(しろ)の定礎(ていそ)と武運長久(ぶうんちょうきゅう)を祈願(きがん)しての儀式(ぎしき)をとりおこなうこ   とといたす。心して見(み)守(まも)ってくれ」
家老「生贄(いけにえ)となります雄牛(おうし)はもうすでに作夜(さくや)より穴のそばにて待機(たいき)させております」
殿 「そうか」
家老「殿、それでは早速(さっそく)始(はじ)めたいと存(ぞん)じます。よろしいでしょうか」
殿 「うむ」
家老「姫様をこれへ」
居並(いなら)ぶ人たちいっせいに下手(しもて)幕内(まくうち)を向(む)く。
白無垢(しろむく)の姫、乳母に付き添(そ)われて現(あらわ)れる。後から遅(おく)れて奥方。
殿 「さあ姫、父と一緒(いっしょ)に参(まい)ろう」
ただならぬ気配(けはい)を感じて乳母(うば)にしがみつく姫を殿引き離(はな)す。乳母(うば)、そして母の方をすがるように振(ふ)りかえる姫。
牛の泣き声。
愛姫「父上、どこに行くのですか?母上と玉乃は一緒(いっしょ)に行かないのですか」
駄々をこねる。
殿 「さあ、姫は良い子じゃ。あの幕(まく)の中にはの、極楽浄土(ごくらくじょうど)がまっているのじゃ」
と強引(ごういん)に幕内(まくうち)へ。続いて家老、鍬(くわ)を持った家(か)臣(しん)。
奥方幕のそばまで駆(か)け寄(よ)る。
奥方「愛姫〜」
乳母「奥方様、こらえてくださりませ」
乳母、腰元たちに推(お)しとどめられる。
泣きくずれる奥方。涙(なみだ)する乳母たち。
幕内(まくうち)より。
姫 「姫はいやじゃ。父上怖(こわ)い」
殿 「よしよし良い子だ。さあ早く姫を牛の背(せ)に」
泣(な)き叫(さけ)ぶ姫の声と牛の声。
家老「姫様ごめんくだされ。それ早くお縄(なわ)を姫様のお体(からだ)に・・」
姫 「母上様、助けて」
動揺(どうよう)する領民(りょうみん)たち。僧侶(そうりょ)の読(ど)経(きょう)大きくなる。
ドサッという穴に落(お)とされる音。泣(な)き喚(わめ)く牛の声。
殿 「幸い気を失(うしな)ったようじゃ。さあ土を・・・」
家老「各々方(おのおのかた)急(いそ)いで土をかぶせい」
参列(さんれつ)していた家臣(かしん)、腰元(こしもと)、村人たち我知(われし)らず幕(まく)に近(ちか)づいて手を合わせる。
その中で奥方気を失(うしな)う。
乳母「奥方(おくがた)様(さま)」
助(たす)け起(お)こす腰元たち。
読経(どきょう)を続ける僧侶(そうりょ)たち。

歌となる
  愛姫様
  愛姫様
  成瀬(なるせ)の水より清く
  大川目(おおかわめ)の山より気高(けだか)き
  けがれなき
  そのお姿
  とわに安らかに
  愛姫様
  愛姫様   

第十三場 一ヶ月後
老婆の語り(陰ナレーションで)
老婆「その後のお殿様、奥方様のお姿(すがた)は見るにしのびなく、誠(まこと)に痛々(いたいた)しいものがございました。如何(いか)に国の 安寧(あんねい)のためとはいえわが子を人柱(ひとばしら)として地中深(ちちゅうふか)く生(い)き埋(う)めになされた領主   (りょうしゅ)としての心と親(おや)としての心の板(いた)ばさみとなってお殿様は、それはそれはお苦しみになられました。そのお心   も癒(い)えぬまま姫様の成仏(じょうぶつ)を願い、お二人は2本の杉の若木(わかぎ)を植(う)えられたのでございます」
そのナレーションをバックに杉の苗を植(う)える殿様と奥方様の姿。

第十四場 1443年の土肥三郎と老婆の場に戻っている

老婆「そうして育(そだ)ったのがこの杉の木でございます。私は心にきめました。私の生涯(しょうがい)を愛(あい)姫(ひめ)様の菩提(ぼだい)を弔(とむら)い、この杉の木をお守(まも)りすることにささげようと」
土肥「それは殊勝(しゅしょう)なこころがけ。そなたの心(こころ)厚(あつ)い見守(みまも)りがあったればこそこのような見事(みごと)な杉に育ったのであろう」
老婆「恐(おそ)れ入(いり)ります。しかしながらこの年(とし)になっても未(いま)だに姫様のことを思うと昨(きの)日(う)の事のようにあの 時の情景(じょうけい)がよみがえってきて心が張(は)り裂(さ)けそうになります」
土肥「さもあろう。話しを聞いておったわしもついもらい泣(な)きをした。そうじゃ、こうしてそなたの話を聞かせてもらったも何かの縁(えん)。さっそく家来(けらい)どもに申(もう)し付(つ)けて愛(あい)姫(ひめ)様の菩提(ぼだい)を弔(とむら)うことといたそう。そうじゃ、    領内(りょうない)のものも呼(よ)び集(あつ)めてこの場にて念仏(ねんぶつ)踊(おど)りで供養(くよう)するというのはどうじゃ」 
老婆「それはまことに有難(ありがた)きお申(もう)し出(で)。姫様もきっとこの杉の木の下(した)にてお喜(よろこ)びいたしましょう」
深々(ふかぶか)と頭を下げる。
土肥「うむ。私のこの城(しろ)入(い)りの最初(さいしょ)の大仕事(おおしごと)じゃ。早速(さっそく)手配(てはい)することにしよう。これ誰   (だれ)か」
と家来を呼ぶ。幕内より「はは〜」という声。暗転。

鉦(かね)、太鼓(たいこ)の音で念仏踊(ねんぶつおど)りの歌が聞こえてくる。

第十五場 その数日後(すうじつご)の昼下(ひるさ)がり
念仏踊りに興(きょう)じる村人たち。見守(みまも)る土肥(どい)三郎(さぶろう)と家臣(かしん)たち。老婆も隅(すみ)に控(ひか)えている。
  ここに眠(ねむ)る 姫様の
  御霊(みたま)を悼(いた)む 安らかにと
    南無(なむ)阿弥陀仏(あみだぶつ) 南無(なむ)阿弥陀(あみだ)

     踊れ歌え 心から
     慰(なぐさ)む時を 共(とも)に過(す)ごさん

     夏は暑(あつ)かろ 冬寒(さむ)かろな
     愛(いと)しき姫様に 身(み)を添(そ)え守る

     そびえて立つは 二本杉
     今では姫様の 生まれ変わりと

     増田の明日を 高き梢(こずえ)より
     見守(みまも)り給(たま)え 何時何時(いついつ)までも

踊りの進行につれその場で老婆も次第に踊りの手振(てぶ)り。
しかし皆の踊っている手振(てぶ)りと少しばかり違(ちが)う。思い出を呼(よ)び覚(さ)ますかのように涙(なみだ)を押(お)さえ、土を姫の亡骸(なきがら)に振(ふ)りかけるしぐさなどが繰(く)り返(かえ)されている。そのうちに気持ちが高(こう)じたかのごとく立ち上がって一心(いっしん)に踊りだす。見守(みまも)る念仏(ねんぶつ)踊(おど)りの衆(しゅう)。感(かん)じ入(い)ったように見入(みい)っていたが、やがて老婆と同じ振(ふ)りを踊(おど)り始(はじ)める。踊りの輪(わ)は一体感(いったいかん)を持って高揚(こうよう)していく。
家臣(かしん)たちも踊りだす。
踊りが続く中。
土肥「皆のもの大儀(たいぎ)であった。あっぱれ天下(てんか)泰平(たいへい)、世の安寧(あんねい)を寿(ことほ)ぎ先(さき)の殿のご 意志(いし)を受(う)け継(つ)いで後々(のちのち)の世まで、この踊りを踊り継(つ)いでいこうぞ。乳母殿(うばどの)いかがでござる   。うむ、この見事(みごと)な杉の木はわが領内(りょうない)の守(まも)り神(がみ)。末長(すえなが)くいつくしみ育てていきたいもの   じゃ」
老婆、家臣、そして踊り衆(しゅう)ひれ伏(ふ)す。
暗転。

エピローグ
少女「それから六百年(ろっぴゃくねん)の歳月(さいげつ)が流(なが)れ、今でも二本杉はしっかりとそびえて私たちを、私たちの増田 町を見守ってくれています。そうそう、増田盆踊りの始(はじ)まりがその時に踊られた念仏踊(ねんぶつおど)りだったと伝えられて   います。年を経(へ)るごとに踊りも手が加えられ、太鼓(たいこ)や笛(ふえ)、三味線(しゃみせん)も入ったにぎやかな盆踊りに発   展(はってん)してきたのだそうです。私はそれを聞いてからというもの、盆踊りの輪(わ)の中に一緒(いっしょ)に踊りを楽しんでいる   お姫様やお殿様がいるような気がしてなりません。今度の夏は皆さんも探(さが)してみてくださいね」

増田の盆踊りの歌が聞こえてくる。

出演者全員が三々五々集まってきて歌にあわせて踊り始める。
やがて曲が入れ替(か)わり全員での歌。

  私のふるさとは
  緑(みどり)豊(ゆた)か 水(みず)清(きよ)く
  めぐる季節(きせつ) 鮮(あざ)やかに
  歴史が光る 蔵(くら)の町

  増田 私の町
  大人も子どももお年寄(としよ)りも 
  みんな ここに生きる

    全員ポーズが決まったところで幕。