ハレアカラ山の中腹に立つ
2005年10月13日 | 朝6時起床、出発準備。 7時45分フランコ宅出発。 ユミを迎えに行ってそのまま空港へ。 9時40分サンノゼ空港発。 ホノルル11時55分着。(時差3時間) ホノルルで2時間待ち、ユミとじっくり話す。 それにしてもハワイに向かう飛行機の座席のゆったりしていること、びっくりするやら感動するやら。 2時05分ホノルル発でマウイ2時42分着、ほんの40分弱の飛行だ。 ヴァレリーとプレストンが空港に迎えに来てくれている。 トニーの待つチョコレートショップに行く。 フロントガラス越しに見える景色が懐かしい。 ![]() ![]() ![]() にこやかに歓迎するトニーと再会、相変わらずたくましい。 さっそくマウイで有名なグリグリ(アイスクリーム?シャーベット?の類)の店に連れて行ってくれる。 マウイではとにかく食べ物攻めにあうことは覚悟しておかなければならない。 このグリグリというアイスクリームは読んだ字のごとくぐりぐりとかき回して作るから、グリグリと言うのだそうだ。 ユミはこのアイスに目がないのだ、それで大はしゃぎ。 その後ヴァレリーの家へ。 荷物をおろして一段落するとまたもや食べ物を囲んでおしゃべり。 その内に夕食タイム。 ウイッサのご両親、おじいちゃんも加わってハワイアン・レストランへ。(ウイッサのお母さんはヴァレリーのお姉さんなのです) ここで私はマヒマヒという魚料理を注文。 出てきたのを見ると何のことはない魚のフライであった。 美味しさはそれほどではなかったがメインディッシュの前にパスタやサラダを食べていたのでお腹は超満腹。 こうして食べ物三昧の幕が切って落とされました。 夕食後は自分に与えられた部屋のテレビでアメリカに来て最初の日本語放送を見ながらくつろぐ。 |
14日 | 朝食がまたまた凄い。 トーストにご飯、納豆も山のように積み上げられる。 卵焼き、ハムにベーコン、半分にカットされたパパイヤ、ヨーグルト、コーヒー、ジュースまで勧められる。 その上甘いシュークリームやドーナッツまで用意されると断るのに必死だ。 それでも頑張って食べた後はマウイで二つしかない山の一つ、ハレアカラへトニーが車で連れて行ってくれる。 前回も登った(と言っても車で)のだがもう一度登って見る価値はあるのだ。 山頂へ向かう途中次から次と自転車を漕ぎ下る人たちとすれ違う。 アメリカ各地から観光に訪れた人たちの楽しみ方。 山頂付近までレンタカーで運び上げられて下りを楽しむのだという・・・素朴と言うかなんと言うか・・・一般的にアメリカ人の生活スタイルは意外と質素で単調という感じを今回のツアーの処々で感じた。 山頂はかなり寒いが眺めは素晴らしい。 ![]() あっそうそうこの日はまったくの空き日で、観光を楽しむ日となりました。 さて下山して昼食タイム。 私に何を食べたいか?と聞かれてピザが食べたかったのでピザ・ハットへ。 バイキング方式のランチタイムに間に合って様々な種類のピザ片をしこたま食べました。 ここまではトニーが私たちを接待。 昼過ぎはヴァレリーが交代してウインドウ・ショッピングへ。 取り立てて何を買うでもなく気ままに歩く。 再びお店に戻って私はお土産用のチョコレートを選び、トニーが箱詰めをしてくれる。 お店の閉店後皆揃ってショーの観劇に出発。 2年前も観たのだが今回も見せてもらったのだ。 題は”ウラレナ”マウイに降る雨のことだ。 マウイの神話を元に自然と共に生きてきた人々の歴史を歌とダンスで綴ったもの。 私たちの座ったすぐ右側に演奏者たちの下座がある。 だから音楽はとても臨場感にあふれていた。 舞台も2度目にも関わらずとても新鮮に訴えかけてくるものがあった。 踊りをベースにした総合舞台の醍醐味・・・しばらく忘れかけていた世界、やっぱり良いものですね。 日本でこんな舞台が作れないものか・・・とつい思ってしまったりも。 ![]() 観劇で満足した後はやはりご馳走ですね。 海辺のハワイアン・レストランで今度はロコモコというハワイ料理を。 これはイメージとしてはハンバーグ・ステーキに目玉焼きが載ったもの・・・。 またもや食べきれないほど。 何だかどんどんお腹の周りが太っていくみたい・・・日本に帰り着くまではしょうがない・・・か。 |
15日 | 何時ものような朝食後、どこか行きたい所は?と聞かれ「今日は家で笛の稽古をします」と断って午前中はずっと稽古三昧。 やっとワークショップ初日、遊んでばかりは居られない。 昼食時間はヴァレリーがハワイアン・フードを買い込みお店で皆で食べる。 これは私も大好きな豚を丸ごと一日かけて蒸し焼きにして糸状にほぐしたもの、と植物の葉っぱでビーフやチキン、魚などを蒸したもの。 ご飯と頂くとこれが美味い。 その上再びシュークリーム付き。 食後スタジオへ。 可愛い子達が15人ほど時間に合わせて集まってくる。 曲は「ハイヤ節」 子供たちをひきつけておく為には倍のエネルギーが必要。 私は必死で踊りを手渡していく。 子供たちも結構速いペースで踊りを覚えて行く。 反応だけを見ていると判ったか判らないか判断に迷ってしまうのだが、その実踊って見るとちゃんと覚えているんですね・・・子供たちは。 もちろん即興の踊りにも挑戦してもらいました。 大人のようには行かないけれどそれでも誰一人として物怖じせずに踊ってくれました。 ![]() トニーとヴァレリーが踊った時は子供たちも大喜び。 最後には前回覚えた「そーらん節」を踊りました。 これがまた皆しっかりと私の後について踊って、忘れていませんでした。 2年のブランクがあるのに忘れていなかったのですね。 トニーはすっかり大喜び。 かくして一日目のワークショップは今まで溜め込んだエネルギーを全部使い果たしたと思えるほどエネルギーを使い果たして終わりを迎えました。 |
16日 |
午前、昨日と同じく笛の稽古。 |
17日 | 朝6時45分トニー&ヴァレリー宅を出発。 チョコレート・ショップで朝食をとり(なぜなら私のさんさ踊りの舞踊譜をコピーする必要があったからです)そのまま空港へ。 ターミナルへ着くと車は長く停車して置けない。 トニー、ヴァレリー、プレストン3人と再会を約束しながら抱き合って分かれる。 さようなら心優しいマウイのみなさん・・・。 ![]() さて今回はユミとは別々の飛行機でホノルルへ向かい、再びホノルルで落ち合うのだ。 ホノルルではミッシェル・ナガフチが待っていてくれることになっている。 彼女は2年前のホノルルでのケニー遠藤太鼓グループのワークショップに参加してくれて以来のお付き合い。 その後2回程日本の私の元を訪ねてきて日本の民舞を稽古して来た人です。 このホームページにも度々登場しましたね。 ![]() ホノルル空港で落ち合った3人はミッシェル・ナガフチの車でワイキキに向かいました。 時間は4時間弱あります。 そこで懐かしいワイキキ・ビーチを何をするでもなく散策し、歩きつかれて入ったレストランが日本の麺を扱うお店。 ![]() 最後の食事は何とうどんになってしまいました。 ミッシェル・ナガフチは来年も日本に踊りを習いに行くということで今は本業の他に週2回レストランのウエイトレスをして頑張っているそう。 嬉しいと同時に多いに責任も感じました。 でもこうして着実にアメリカの地に日本の民舞が定着していくのかと思うと本当に仕事冥利につきる・・・という思いに駆られてこのツアーを締めくくることが出来たのです。 再び彼女の車で空港に送られて彼女ともユミともお別れして日本へ向かう飛行機に乗った時をもって今回のツアーは終了。 ご苦労様でした。 またこのだらだらした文章をお読みくださいました皆様方もお疲れ様でした。 そしてありがとうございました。 |
(日本時間)18日 | ![]() 日本成田に着いたのは翌日午後4時50分。 予定よりやや早めに着きました。 東京駅で待つこと1時間あまり、懐かしい我が家にたどり着いたのがその日の午後11時50分頃でした。 その後の数日は日中眠気に襲われソファーに腰掛けながらウトウトと日々を過ごしておりました。 それを経過してからの報告です。 |