公正で明るく開放的な県政を──寺田横手市長、県知事選に出馬を正式表明(3・12日)

 秋田県知事選へ出馬のため12日朝、市議会議長に「辞職願」の申し出書を手渡した横手市の寺田典城(すけしろ)市長(56)は同日午後3時から、秋田市で記者会見し「公正で明るく開放的な県政を実現したい」などと述べ、正式に出馬を表明した。

 記者会見には県議会の委員会で出席できなかった2人の県議を除く反自民系県議団15人も同席した。新進党県連、社民党県連、連合秋田、そして公明秋田県本部の要請を受けて出馬を決意した寺田氏。この4団体は「新しい秋田をつくる会(大友康二会長)」を選挙母体に、寺田氏の選挙戦を支えていくことにした。

 大友会長及び菅谷理市連合秋田会長の立ち会いの下で始まった会見で寺田氏は「政治は骨格が一番大事」として「私の政治姿勢」を淡々と読み上げた。それは「腐敗や停滞の一因となる知事の多選禁止」「県民の立場に立って情報の積極的な公開」「企業献金は一切受けない」の3つを柱にしたものだった。

 記者団からの「多選禁止」の質問に「長期にわたるとどうしても周りにバリアというか、守ろうという事が出てくる。そういうことも含めて多選は弊害がある」と言い、「知事職は3期までとする多選禁止条例を制定したい」とした。そして「だいたい私自身、公人として仕事にはやりがいを感じるが、窮屈な場は馴染まない。妻は8年間は我慢してやると言っているが、私自身が知事をやるならせいぜい3期までだろう」と冗談まじりの口調に会場から苦笑も。佐々木知事の18年間の県政に関しては「良く頑張ったなと思う」とあっさりかわした。

 情報公開については「税の下に行政は運用される。県民に知らせるべきであり、県民の財産である。また公開によって公正な県政が運営される」とし、食糧費は「私は必要なものと思っている。だから相手先も公開し、公開することで、県民の理解を求め、だめなら批判を受けたい」とも述べた。

 また企業献金は一切受けないとする姿勢については「連合はカンパもしてくれるという。そういう個人献金なら政治活動の一環として許されるだろう。また、知事という仕事は広範囲になると思う。ある程度、個人献金を持たないと政治活動にも、また選挙母体となる新しい秋田をつくる会の運営にも支障をきたすことであり、ご理解を求めたい」と答えた。

 さらに「生活者重視の行政」に関しては「秋田は恵まれた所だ。住みやすく環境も良い。生活コストの安い住みやすい県をつくりたい。横手市長としても生活者重視の市政を私の信条としてやってきた」とし「心ゆたかな潤いのある秋田をつくりたい」とも述べた。

 県立大学に関しては「もっと議論すべきと思う。何のための大学か、二つに分ける必要があるのか、議会でもっと議論すべきだ。ただ秋田の大学がどこにあるのか、また本荘市の場合、どういう環境にあるのか分からない。そういうことも含めてトータル的に(大学の)あるべき姿を議会の皆さんと相談する時期はあると思う」と含みを持たせた。

 市長を途中で辞職することについては「その事が一番、頭にある。今朝から4度もトイレに駆けつけたほどだ」と体調を崩すほど悩んだ心境を打ち明けた。そして後継者については「緊急事態であり、即対応できるような市長を横手市民もまた議会も選んでもらいたい。職員もそれを望んでいる」と市長職を離れたことに強い愛着を示した。

 行政の継続性に関しては「一貫した継続性は認めるべきだ。それが基本的なルールだ。しかし、いろいろ論議して継続すべきで、私の考えとしては環境が良くて生活者重視の行政という点では少し変わるかもしれない」と独自性も打ち出す姿勢を示した。そして「一番、大事なことは県庁の職員が働きやすい環境をつくることだと思う。それからがすべて始まる」とも述べた。また、行政への競争原理の導入については「火事が終わってから消防車が駆けつけても何にもならない。各課が競争するという感覚で仕事をしてもらいたい」と民間出身者らしい改革の姿勢も示した。

 最後に自民党から出馬要請を受けて立候補することになった前県総務部次長の佐竹敬久(のりひさ)氏(49)に関しては「県庁内部から解決しようとしたが、出来なかったため佐々木知事が辞任に追い込まれた。内部で解決出来なかったのに佐竹さんがそれを解決すると言うことは異常ではないか」と厳しい表現で締め括った。約30分の会見だった。

 寺田典城(てらた・すけしろ)氏=1940年6月19日、大曲市大川西根字島、小原(おばら)家の4男として生まれ、県立横手高校─早稲田大法学部卒。創和建設社長、株式会社テラセキ社長などを経て91年5月、横手市長に初当選。現在2期目で4月1日付で退職予定。秋田県防災協会長。