新進党、連合、社民党、公明の4団体が寺田横手市長に知事選への立候補を正式要請──結論は数日後(3・8)

 新進党県連(佐藤敬夫会長)と連合秋田(菅谷理市会長)、社民党県連(畠山健治郎会長)、そして公明秋田県本部(工藤任国本部長)は8日午後2時から横手市役所で、寺田典城市長(56)と会談、4団体の統一候補として4月の知事選への出馬を正式要請した。寺田氏は即答さけたが、「自民党と県庁を相手に戦うことは、激流の中に飛び込む心が必要だ」としたうえで「公正で明るく開放的な県政を目指したい」と意欲を見せた上で、「議会、そして後援会とも詰め、速やかに結論を下したい」と数日中にも出馬の意思決定を表明する方向性を示した。

 出馬要請には新進の佐藤会長、連合秋田の菅谷会長、社民党県連の畠山会長、公明秋田本部の工藤本部長ら11人が次々と詰めかけた。市長室から総務部へと出たり入ったりしていた寺田市長は30人以上にも上った報道陣に「またまたお騒がせすることになってしまって」と落ちつかない様子。

 会談は予定より30分以上も早く市役所3階の市長室で始まった。始めに菅谷連合会長が寺田市長と山本幸右衛門横手市議会議長に4団体一致の結論として「民意が適正に反映される県政づくりには寺田氏が最適任者である」とした出馬要望書を手渡した。菅谷会長は「死ぬ気で頑張ります」と前日、寺田市長が「非自民勢力が一本化し、党利党略を捨て、死ぬ気で要請してくるのであれば話を聞く」との言葉を念頭に入れての要望書提出だった。受け取った寺田氏は「首を洗って待ってます」と冗談を飛ばす余裕も見せたが、やはり「非常に緊張している。言葉も出ない」と顔を紅潮させた。

 このあとは報道陣を閉め出し、2時間近い時間をかけて政策協定や県政の在り方、これからの戦いの展開などを話し合ったようだ。2時過ぎには洋子婦人も市長公室に入り、結論を待った。

 そして3時40分、5階会議室に場所を移して記者会見。始めに菅谷連合秋田会長が口火を切って、「先ほど以来、県政の現状を分析し、政治的、政策的姿勢について論議した。また寺田市長が横手において県政はかくあるべきだとの考えを下に意見交換もした。幸いなことに全面的に意見が一致した。しかしながら、市長の家族、議会、後援会、そして市民のご理解を得ることも必要であり、方向づけはできたが(出馬の)表明まではまだ行かない」と経過を説明した。

 寺田市長は「皆さんの熱意に感謝したい。ただクリアしなければならないことも多々あり、出来るだけ速やかに判断を下したい」と言葉を選んで慎重に答弁した。これに対して菅谷会長は「いまの県政ついて、改革しなければならない課題についても熱意を持ってお話を受け、きっと出てくれるものと受け止めた」と寺田氏の出馬を前向きに捉えた。

 記者団から「横手市民に対しては」との問い掛けを受けた寺田氏は「今まで支援していただき、感謝申し上げたい。これからも一生懸命自分の取り組んできた姿勢を守って頑張りたい」と述べ、出馬に向けての結論については「出る可能性はある。辞退の可能性は特別なことが無いかぎり、あるのかないのか複雑な心境であり、予測の下では話せない」と揺れる心境の一面も見せた。

 知事選に向けては革新系の市民団体「知事にやめてもらう県民の会」(鈴木政隆代表)と「県革新懇」(佐藤裕二代表)が7日、前県高教組委員長の斎藤重一氏(65)=秋田市=の擁立を発表している。

 寺田氏は4団体との協議にあたって▽外部監査制度の導入など公正な県政▽多選禁止条例の制定で明るい県政▽県の情報は県民所有の財産という認識の下で情報の積極的な公開▽生活者重視の行政などを基本姿勢に示し、自然との共生、福祉は最寄り品といった福祉・保健・医療一体の推進などの施策を示して4団体との協議が一致した。

 寺田氏は大曲市出身。大曲中から横手高校、早稲田大法学部卒後、建設会社社長などを経て、1991年の市長選で初当選。現在2期目。昨年10月の衆院選秋田3区に、長男で小沢一郎新進党党首秘書の創氏(26)が出馬、当選した自民党の村岡兼造氏陣営と善戦した。