六郷町のカマクラ

伝統の竹うちを昔風の装束で

江戸時代の火消し装束やずきんを被っての打ち合いへ(2月6日・木)

 町民に配る江戸時代の火消し装束やずきん六郷町は国指定重要無形民俗文化財「六郷のカマクラ」の最後を飾る「竹うち」を昔風のイメージで盛り上げようと今年から江戸時代の火消し装束や綿入れずきんを用意して参加者に配ることにした。用意するのは南軍、北軍の大将となる人に着用してもらう総大将装束と17町内の責任者が着用する奉行装束。それに太平洋戦争中に着用した綿入れの防火ずきん400枚。これまではヘルメットを着用しての竹うちだったが、見様によっては内ゲバのイメージもあった。カマクラ保存会では「総大将や町内責任者が江戸時代の火消し装束で、それに一般の町民はヘルメットの上にずきんを被っての竹うちとなれば伝統行事らしいムードとなって祭りも盛り上がる」と期待している。

 同町のカマクラは11日の「蔵開き」から始まる。この日、商家では土蔵の扉を開け、大福帳を備えて商売繁盛を祈願する。子どもたちは学業の向上を願って「天筆」の書き初めをする。天筆は緑、黄色、赤、白、そして青の5色の紙をつなぎ合わせたもので「奉納 鎌倉大明神 天筆和合楽地福円満楽」の書き出しで、それぞれの願い事を書く。そして天筆を家の前や町内の空き地に飾ってムードを盛り上げる。また15日夜には鳥追い小屋という雪室を作り、子どもたちがその中で甘酒を飲みながら過ごす。こうした一連の行事は江戸初期から「六郷のカマクラ」として継承され、その古風な風俗習慣が残されたことから1982年に国の重要無形民俗文化財の指定を受けた。

 六郷町の竹うち竹うちはその最後を飾る奇祭。諏訪神社前のカマクラ畑で長さ5〜6メートルの青竹を持った町民300人から400人が南軍、北軍に分かれて激しく打ち合うもので、戦闘は3回繰り返される。危険なため参加者はヘルメットを被って打ち合うが、伝統的な打ち合いなのにその光景が学生運動盛んなころの内ゲバに似ていて乱暴なイメージがあった。そうしたことからもっと昔風の装束で竹うちを展開しようとなった。頭に被る装束は宝くじ助成金で用意した。竹うちは15日夜8時10分から9時までの間に3回行われ、北軍が勝てば豊作、南軍が勝てば米価があがると言い伝えられている。例年、3000人ほどの観光客が訪れ、勇壮な祭りを見学する。