小児科通信 平成13年10月号

半袖をしまう季節になりましたね。一般的に言えばこの季節は運動の秋・読書の秋・食欲の秋。僕は音楽の秋。個人的に仕事を離れて活動する場である大曲吹奏楽団が、9月に行われた吹奏楽コンクール東北大会・一般の部で東北代表となりました。全国大会は10/21(日)浜松で行われ、前日から行って来ます。結果は翌日の朝日新聞朝刊で。どうだろうなぁ。(文責:渡部泰弘)

小児科医の憂うつ

 新聞にも載ったので覚えている方もいらっしゃると思いますが、こんな記事がありました。東京都内の小児科の勤務医だったお医者さんが自殺をしたのが約2年前。これはあまりに忙しいためうつ病になったのが原因だとして、ご遺族が先月の17日に労働災害の申請を起こした、というものです。

 新聞でもテレビでも、小児科の話題になるといい話を聞きません。小児科は儲からない、小児科は忙しい、小児科をやめる病院が相次ぐ、小児救急の整備が立ち後れているなどなど……小児科医療にどんな問題点があるのでしょう?

小児科という科の特殊性

 小児科医一人あたりの医業収入(診療によって病院が得る収入)は他科の医師の約半分程度、と言われています。大人だったら点滴をするのに看護婦さん一人で出来ますが、点滴が嫌で暴れる子を押さえて点滴をするには人手も時間も必要、また血管が見えなかったり細かったりする子は必ずしも一回で点滴が出来ない事があります(努力はしてますよ)。CT検査でも小さい子は眠らせなければ出来ません。寝たかなと思ってCTに連れて行ったら起きちゃったという事もあり、予約した時間通りには出来ません。薬の量も体重で違うので、大人と違い粉やシロップが多くなります。大人10人分の錠剤を出すのと子供10人分のシロップを出すのでは、薬局での手間は大違いです。

 このように小児科は何をするにも人手と手間と時間がかかり、それが「小児科は不採算部門」と言われる大きな原因になっています。

 また、小児科は病院にかかる子の多くが風邪引きなど急性の感染症なので、インフルエンザの流行る冬には入院ベッドが足りなくなる一方、比較的流行りものが少ない時期には入院ベッドが余ってしまいます(それが「空きベッド」です)。入院患者さんが減って空きベッドが多くなるとその分入院の収入が減るので、病院経営の立場からはやはり煙たがられます。

 このような事から、特に首都圏を中心として小児科を廃止する病院が増えています。この10年で小児科を持つ病院は14%も減ったそうです。

 病院経営という言葉を使いましたが、経営=金儲けという意味では無いので、誤解がないように書き加えておきます。

 本来、医療は金儲けを追求するものではありません。しかし病院が続いて行くには薬や医療器械を買うお金も僕ら職員の給料も必要です。ここは公立病院ですから公共のお金=税金で運営していますが、病院の経営状態が悪くて赤字が増えればその分税金の負担が増えるので、経済的にも効率の良い医療を行うという考えが必要です。それが病院経営という事だと僕は理解しています。

小児科救急の問題

 小児科救急の特殊性も、小児科を圧迫する大きな原因になっています。特に最近、大都市圏で問題になっています。この問題をたね明かししましょう。

 秋田県内の病院の夜間・休日救急は多くが「オンコール」という体制を取っています。これは当直医が救急でいらした患者さんを全部診た上で「これは専門科に診せる必要あり」という時にその科の当番の先生をポケベルなどで呼ぶ(コールする)という体制です。だから僕も当直の時にちょっとした怪我なら縫いますが、救急車で来る重症の患者さんは他科の先生を呼んでお願いする事が多いし、一方で休日や夜でもポケベルが鳴れば病院に行きます。僕がポケベルをオフに出来るのは、月に一度土日一泊二日で大学から応援医が来る日だけ。

 こうした「オンコール」体制がとれるのは、県内の場合は勤務医が病院の近くに住んでいるからなのです。僕なんか神明社前アパートから徒歩3分ですし、大曲にいてもまぁ30分以内には対応できるでしょう。ところが大都市圏では勤務医も電車や車で遠くから通っているので、夜中に呼んでもすぐ病院まで行けないのです。そこで少数の病院では当直医と別に小児科医が必ず泊まって小児救急を診る体制を作っていますし、一方多くの病院では重症小児の乗った救急車が来ても「すぐ対応できる小児科医がいないので、どうか小児科医がいる病院へ行ってください」という事になるのです。

 小児科医が必ず泊まっている病院も大変です。小児科医が6人いても一人月5回の当直。冒頭の自殺した勤務医は小児科医4人の病院でこの体制を組んで、多い時は月9回の当直だったそうです(それに比べると僕なんか、小児科医一人の病院で常に拘束はされているものの、比較的楽させてもらっているんじゃないかと思います)。しかも小児科医が常駐する病院は多くないため、患者さんは集中します。中には「この状態なら朝まで待ってもいいのに」という子もいるでしょう、けれど診療拒否は出来ません。看護婦さんは夜勤明けが休みですけれど、医者は当直の翌日も普段通りの勤務(僕らもそう、朝から翌日夕方まで連続勤務)ですから、夜中の患者さんが多くて眠れなければ当然体力も消耗します。こうして小児科医に体力的・精神的な負担がかかってくるのです。

 そんな状態が時々テレビでも放映されますね、「激務の小児救急」なんて。医学部の学生もそういう事情は良く知っていますから、小児科を志す卒業生は全国的に年々減っています。勤務内容を比べて条件のより良い方(忙しくない、夜中呼ばれない、時間で終わる科)を取るのは当たり前ですから、誰も非難は出来ません。新人が増えないので現役小児科医の負担は増える、悪循環です。

 

 僕ら現役の小児科医に出来る事の一つは、次の世代(医学生に限らずこれから自分の進路を決める若い世代)に「(小児科医にかかわらず)子どもに関わる仕事はやりがいがある楽しい仕事だ」という事を伝えていく事かなと思います。そして子どもに関わる仕事につく人がたくさん増えて発言と行動を起こし、小児医療に関する問題が少しでも改善される事を願っています。

 それにしても「若い世代」なんて書くのは、やっぱり自分がもはや「若者」じゃないと思っている証拠かな?